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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面104

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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                 第九十四回

    
 抱き合って泣き伏す二人は、バイシンとバンダだった。片方はナアローに捕らわれ怪物と一緒に牢につながれ、もう片方は毒薬審問廷で死刑の宣告を受けたのに、二人とも八年後の今日まで生きながらえ、変わった姿で対面するとは奇中の奇とも言うべきか、しばらくしてバイシンは先ず顔を上げ、「バンダさん、貴方にここで会うとは夢にも思っていませんでした。どうしてまあ無事でいました?」

 バンダもようやく涙を納め、「私より貴方の方こそ先年恐ろしい死刑に処され、その場から逃げ去ったと、この辺までもその噂は聞こえてきましたが、それにしても今のお姿、どうしてパルマ国の貴高夫人に」「これには色々と訳が有ります。しかしそれは後にして、貴方の行方はコフスキーさんも気使って、今だに諸国を遍歴して捜しているほどですから、それを先に聞きましょう。」

 「え、コフスキーが今でも私を捜して諸国を遍歴しているとおっしゃいますか。私も彼の事は一日として忘れたことは有りません。先年家臣のブリカンベールに別れてからは、頼りに出来るのはコフスキーだけで、何かに付けてこの様なときコフスキーがいたらなあーと思わない日は有りませんでした。貴方がパリにいないとなるともはや手紙の宛先もなく、もう会いないものと諦めておりました。それで彼は今何処におりますか。」

 「彼のいるところを知っているのは、ただ私だけです。彼も私の死刑を救うために、ナアローに麻薬を飲まされ、ひどい目に会いましたが、それでも命だけは助かりました。この上は自分の一生を鉄仮面の捜索に当て、彼が何処の牢につながれているかを、突き止める以外に生きる目的はないと言い、フランス中の牢屋と言う牢屋を片端から調べているのです。もっとも、今は私の夫アントインも荒武者アイスネーも、私を救うために大勢の護衛を相手にして戦い、命を落としてしまったので。」

 「えっ、えっ」「はい、二人とも私を逃がそうとして政府の護衛を食い止めたために、ラ・クレーブの刑場で切り殺され、生き残ったのはその時魔薬で眠っていたコフスキー一人、我が党と名の付くのは私と二人だけですから、何処にいても互いに居所だけは知らせ会っているのです。」これだけ聞いてあるいは悲しみあるいは驚き、ほとんど例えようもないくらい心がせわしく動いたが、中でもコフスキーの居所が分かっていると聞いて、夢かと思うくらいうれしがり、「コフスキーは何処にいますか。早く呼び寄せて下さい。」

 「今はブロホンの方から、スペインの国境まで行っています。しかし、私がここに来るとき、どうやら鉄仮面がピネロルの砦に居そうだから、すぐにピネロルにやって来いと手紙を出して置きましたから、まだ届かないかも知れないが、届きさえすればここにやって来るでしょう。はい、今から一月と経たない中に貴方と顔を合わせるでしょう。」

 バンダは有難さに我慢できないように、バイシンの手を取って接吻し、「本当に貴方のご恩です。それにしても貴方はまあ、これほど出世されてもまだ鉄仮面のことを忘れず、コフスキーをこの土地に呼び寄せていたのですか。」と言うとバイシンは少し恨めしそうに「バンダさん、夫を失った女に幸せが有ると思いますか。」この一言にバンダは深く、バイシンが夫に別れたその不幸を察し、口ごもりながら返事して「それはそうでもこのご出世は・・・」

 「何が出世なものですか。心にもない人の機嫌を取りながら、自分の名前を隠し、身分を隠し、風の音にも耳を澄ます、世を忍ぶ落人(うど)ですよ。貴方と違い、私の身はルーボアの取調べが厳しく、七年経った今でさえ、このカスタルバー夫人が昔のバイシンだと分かったら、すぐに捕らわれて殺されます。」

 「隠れ隠れて他にどうしようもないので、今はこの様にしていますが、他国の土地には足も踏み入れられない体です。」と現在の状況を説明しながら言う言葉に、いちいち納得は行かないが「それがどうしてこの土地に、」「はい、ここは今でこそフランスの領土になっていますが、元はサボーイ候国の領土で、1632年に戦に負けてフランスに取られたのです。」

 「そのため土地の人の心は今でもイタリヤ本国を慕い、フランス政府を憎んで止まず、ややもすると謀反の旗を翻(ひるがえす)す兆(きざし)しがあるので、この土地ならば同じフランスの領土でも幾らか心が許せると思い、それにパルマー国の宮廷で聞くと、ここの砦に鉄仮面をかぶった囚人が、八年前から閉じ込められていると言うことですから、出来るならその事実関係をハッキリさせ、本当なら救いだしたいと思って。

 「え、えっ、鉄仮面を救い出すため身の危険もかえりみずに、わざわざおいで下さったとは、貴方の他には真似の出来ないご親切です。」「なに、それほどの親切では有りません。お聞きなさい。バンダさん、一度泥棒をした者は一生その味が忘れられず、又しても泥棒をしてしまうと言うように、生半価に国事に手を出して政府を敵に戦った者には、一生国事犯が止められません。私の身にとってルーボアを相手に戦うこと以外に、何の生き甲斐が有りましょう。」

 「今は自分の名前さえ出されぬ身で、味方もなく、同志もなくこれでルーボアに立ち向かうのは、「蟷螂(とうろう)の斧」とやらで、身のほども知らないわけですけれど、ただ幸いに鉄仮面救い出しのことは、コフスキーさんさえ居れば、他に味方が居なくても出来そうなので、いよいよ救い出した時に、それがモーリスさんなら又共に相談する相手が出来、たとえそれがオービリヤのフィリップだったにしろ、ルーボアを驚かせ、失望させることには変わりは有りません。」

 「どちらにしろ今の身で、ルーボアを苦しめるのは、ただ鉄仮面を救い出すことだけです。どうにかして彼を苦しめてやりたいと、実は貴方への親切だけではなく、自分の仇を討つつもりで来たのです。来てみたら天の助けか、馬車に乗るときちらりと貴方の姿を見、一目でそれと悟りましたから、人をやってお呼びしたのです。貴方がここに居るのを見たら、貴方もどうにかしてここに鉄仮面が居ることを悟り、それを救うために身をやつしているのでしょう。」

 「こう分かったらなおのことです。今まではただルーボアへの復讐の積もりでしたが、これからは貴方への親切を兼ね、なおさら鉄仮面の救出に骨を折りましょう。それにしても貴方の貞節と辛抱には感心しました。きっと一人でこの大望を計画しているのでしょうね。「いえ、バイシンさん、私の他にもう一人、私を助けてくれる男がいるのです。それと力を会わせております。」「えっ、力を会わせる男とは誰です。」バイシンが怪しみ聞くのも無理はなかった。今はコフスキーも居らず、ブリカンベールも居ないし、バンダを助ける男は、一人も居ないはずだからであった。

つづきはここから

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