巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面107

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳  

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                 第九十七回

  
 二人とも今までにあったことを話終わったので、これからは鉄仮面をどうして救い出すかの話になった。バンダはあのトルコ人アリーを雇い兵として守備隊に住込ませ、自分はその妻だと言って洗濯物を任されるまでになり、洗濯物で鉄仮面に連絡し、どうやら牢番セント・マールスに見破られた様だと言うことまで、詳しく話すと、バイシンは聞き終わって非常にバンダの苦労を誉めたあと、「それにしてもバンダさん、牢番に見破られたか、見破られていないかは洗濯物を調べるのが第一でしょう。」と言う。

 バンダももちろん先ほどから早く調べたいと思っていた事なので、「そうです。ここで調べてみましょう。」と答え、この部屋まで持ってきた布の束を引き寄せると、バイシンは手に取るより早く「ああ、大変です。もう見破られたに間違いありません。ご覧なさい。この布がなんとなく湿り気を帯びています。文字でも書いてあるかと思い、一応水にひたして大急ぎで火で乾かし、それから貴方に渡したのです。」なるほどこの言葉に間違いなく、少し湿り気があったが、バンダは今更驚かず、「私もそうだろうとは思っていました。」

 「それにしてもセント・マールスがこれを再び貴方に渡すところを見ると、もしやとの用心だけで、深く調べもせずに水にひたしたのかも知れません。そうとすれば貴方の身も、今日明日に危ないと言うほどではないでしょう。それにまだ文字の形だけでも、残っていないとも限らないでしょう。」「そうです。水にひたしただけでは簡単には消えないものですから、一つ一つ調べてみましょう。」こう言って束を解きていねいに調べながら、バンダは自分が書いてやったように、シャツの袖(そで)の裏側に文字はないかとこれに先ず目を付け両方を裏返してみると、左の袖裏に消え残った点々の血の(あと)痕があった。

 「ああ、これです。」と言い驚く胸を押ししずめながら読もうとしたが、なにしろ一度水にひたした後なので、ただかすかに文字らしい痕があるだけで、何の文字とも区別することは出来なかったので、泣きだしそうな声で「どうしてももう運の尽きです。これをご覧なさい。」と言ってバイシンの方に差し出すとバイシンはランプの下に持って行って熱心に調べながら「なるほど文字の痕です。いや、お待ちなさい。初めの文字は「詳」の字ですよ。それから三、四文字分からなくて次はハンケチと言う文字らしく見えます。はてな、詳しくはハンケチに書いてあるとでも言う意味ではないだろうか。」

 バンダはあわただしく残る布の中を捜し「ああ、そうです、ハンケチに何かが書いてあったのをセント・マールスが見つけて取り上げたのです。ハンケチがこの中に有りませんもの。たぶんハンケチの文字を見つけたからさらに念のために残る布を水にひたしたのでしょう。そして今度又連絡などするときに、確実な証拠をつかむために何気なく渡したのに違い有りません。」とさすがは永年陰謀に加わっているだけに、事の秘密を見抜くのも早いと、バイシンも感心しそれに間違いはないと思ったが、余りにバンダの失望が気の毒だったので、「事に依ると鉄仮面が今回はこれだけよこし、次の便りにハンケチに書いてよこす積もりかも知れません。それでこの通り断わり書きを書いてよこしたと思えば、そうがっかりすることもないでしょう。」と少し心をなぐさめると、バンダはそうは思わなかったが「そうです。どちらにしろ今は気をもんでも無駄ですから、この後の相談をしましょう。たとえ鉄仮面がモーリスだと分かったにしても、どの様にして救いだしたら好いか、私には分からず困っていました。貴方にはきっと好い考えが有るでしょう。」

 「いや、私の考えはいつか話した、最後の手段と言ったあの毒薬が、一番うまく行くと思いますが、ナアローに試験をしたあの薬は、後でナアローが生き返っていたことを考えると、十分安心して使えますが、あいにくあの時なくしてしまいました。今から作り直しても、急の間には合いませんから、やはりアイスネーをバスチューュから救ったときのように、牢を破る道具を送る以外にはないでしょう。」「でも、この砦はバスチューユよりもっと堅固で、それに牢番セント・マールスの警戒の厳しさは、ベスモー所長の比ではありません」

 「いや、いくら厳しくても、その下に使われている役人が人間である限り、賄賂(わいろ)に目の眩(くらむ)まないと言うことは決して有りません。今の私はあの頃のオリンプ夫人と同じで、どれほどの賄賂でも使えますから、下役の二、三人を買収します。それにアリーが貴方の夫と言うことでセント・マールスの信用も得ていることなので、これほどやさしいことは有りません。」「でもアリーは私同様、今はいくらか疑われていますから。」

 「セント・マールスに疑われても、他にまだセント・マールスに気に入られているものは三、四人必ず居ます。アリーのさそいでそれらの者を仲間にしますから、いくらセント・マールスがアリーを疑っても、差し仕えは有りません。それにこの宿の主人も前からフランスを憎んでいる者ですから、私が言いつければどの様なことでもしてくれます。もっとも、私はまだ計画を決める前に、自分でセント・マールスに面会してみる積もりです。」

 「えっ、あのセント・マールスに貴方がお会いなさるとおっしゃいますか?」「はい、何もそんなに驚くことはないでしょう。」「だって、あのセント・マールスがどうして貴方に会うでしょう。」「なに、私にはそれだけのあてがあります。今日この土地の知事に面会したのも、実はセント・マールスに会う前置きです。知事ももちろん私の素性を知らず、まるで外国の女王でももてなすほどの騒ぎでしたが、セント・マールスだって、こちらから会わなければならないように仕向ければ、きっと会います。その上で砦の中を見回り、牢の様子まで見てきますから、それから救出の計画をたてます。」

 もちろん、この土地に貴方が居ようとは思って居ませんでしたから、私はそれだけの考えをまとめ、また問い合わせることは問い合わせて、必ずうまく行くと見込んで出てきましたから、事に依ればセント・マールスを説き伏せて、鉄仮面にも面会したいと思っています。」と、とてつもないことを言い出したので、バンダもバイシンの大胆さにあきれ「貴方はセント・マールスの気質を知らないからそんなことをおっしゃるのです。」と言ったが、バイシンは少しも騒がず「先ず私にまかせて、貴方は見ていなさい。」と答えるばかりだった。

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