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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面112

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百二回

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、バイシンが囚人に面会を求めるなど実に危険千万のやり方だが、一応牢獄の様子を見て置かなければ、救出の計画も失敗する恐れがある。だからバイシンの心の中は必ずしも鉄仮面に会いたいと言うのではなかった。

 鉄仮面がモーリスにしろ、オービリヤにしろ、救おうと思っている考えは同じなので、どちらに会いたいという区別はなかった。特に初めから鉄仮面のような大秘密な囚人に会わせろなどと言ったのでは、かえって自分が疑われることになる。それよりは誰とは名前を指定せずただ囚人を見せてくれと言えば、向こうの考え方一つで、あるいは顔を隠した囚人を見せた方が一番安心だと言って、かえって鉄仮面を見せるかも知れない。たとえ鉄仮面を見せなくても牢獄の様子だけでもわかれば、自分の計画は立て易いので、囚人の誰それと指定する必要はないのだ。

 バイシンのカスタルバー夫人は、この様な考えでセント・マールス夫人を塔の上に連れて行き、人が居ないのを見てから、この希望を言い出したが、妻の驚きは並み大抵ではなく、ほとんど返事もできないほどだった。

 一度言い出したら簡単に後へ引くバイシンではないので、実はパルマー国王と莫大な金をかけて、囚人を見せてもらいるかどうかをかけたので、ぜひ見せてもらわなくては困るとの口実をもうけ、知恵の及ぶ限りをつくして、あるいはおどかし、あるいはなだめ、言葉たくみに説き伏せ、実際にこの願いをかなえてくれれば十分に出世の道も開いてやろう、もしフランスで出世が出来なければ、パルマー国に連れて行って一地方の長官にも取り立てよう。

 もしこんなに言ってもまだ私の言葉を信用しないならこちらにもようしゃない決心があるなどと、すぐにもフランスの宮廷を説き伏せ、免職させるぞと言うばかりの剣幕(けんまく)を示し、たちまち笑い、たちまち怒り、手の中に入れて丸めるように説き伏せると、実際ワイロに動かない人は居ないと前にバイシンがバンダに向かって言ったように、セント・マールスの妻もこのおどし、すかしに乗せられて、ついにカスタルバー公爵夫人の言葉に従った。

 それならば今夜の中に主人を説き伏せ、必ずどれかの囚人と面会する道を開きましょうと、答えるところまでもってきたので、カスタルバー侯爵夫人は非常に満足して、これから又下に下りて更にセント・マールスのもてなしを受けて、明日を約束して今日はまずここを引き上げた。

 このようにして宿に帰った後、色々と考えてみると、この砦の囚人は多くても五人以上はいないだろう。そのうち既に世間に知られているのが二人いる。ともにフランスとイタリヤの争いから捕らわれたイタリヤ人で、これを同じイタリアのパルマー国の貴人に会わせるのは、非常に危険なことだから、あの油断の無いセント・マールスが、それぐらいの事に気が付かないはずはないだろう。そうすれば私に見せる囚人は、十の中九までは鉄仮面に違いない。

 鉄仮面ならモーリスでもオービリヤでも、私の顔を知っているから、必ず私が来たことを知って、いよいよ救いだしの計画が出来たのを知り、自分からも十分に準備をするだろう、などと様々に考え、さらに従者の中の知恵の有る者や宿の主人を呼び、ここの砦に捕らわれているイタリヤ人を、救いたいことを告げると、皆フランスを非常に憎んでいるばかりか、自国の同胞(どうほう)がフランスの、とらわれ人になっているのを、こころよく思っていない人たちなので、喜ぶことは一通りでなく、非常に熱心にその支度に取り掛かった。

 又つぎにバンダを呼び寄せ、今日の様子を話、今後の考えなどを聞かしてこの夜を明かし、いよいよ次の日となったので、侯爵夫人は、昨日のぎょうぎょうしい服装よりも、今日は簡単な服装にして、もう様子も分かっているので、従者も連れずに砦に入って行ったのは、すべて昨日、セント・マールス夫人と、打ち合わせた通りにしたものだった。

 砦の中の様子も、見ると昨日より非常に静かで、番兵さえも少し少ないようだったが、これはセント・マールスが承知した証拠で、なるべく事を秘密に扱うため、用事を言い付けて遠ざけたものだった。

 夫人が玄関に着くやいなや、待ちかまえていたようにセント・マールスが出て来て、気味悪そうに回りを見回し、「丁度、好いところにおいで下さいました。もちろん職務上禁じられていることをして、とくに隣国の友好のため貴方にお見せするのですから、十分秘密を守って下さらなければなりません。いつかこの事のため、宮廷からとがめられることがあっても、きっと貴方が申し開きをして下さらなければ。」

 と言う心は引き立ててくれることへの約束の念を押しているもので、夫人はもっともらしく「それはもう申す迄もないことです。貴方は今から三月も経たない中に、必ず栄転されることを私がうけあいます。」

 言うのも小声、答えるのもまた小声、これだけ言葉を交わして、後は無言でセント・マールスが、塔の方へ歩き出すのについて行った。夫人もそのまま歩いて行くと、昨日彼が妻に案内させたのとは違い、上の方には登って行かず、砦の塀に隠れた塔の二階の廊下を歩いて行った。そのまま行って、はじっこの一室の前に立った。

 バンダの話と照らし合わせると、どうやらここが鉄仮面の部屋と思われるので、夫人は永年の目的を達する日が来たのに、胸が高鳴るのを感じながら、なおセント・マールスの様子を見ていると、彼は開き戸を押し開けて中に入った。

 ここは囚人室の玄関とも言うべき空き部屋で、この中にまた一枚の大戸が有った。その作りは非常に頑丈で言わずと知れたこれが囚人の居所だった。
 セント・マールスはポケットから頑丈(がんじょう)な鍵を取り出し、この戸を開きその中に入ったが、早くも囚人と向かい合ったらしく、叱るのに慣れただみ声で

 「これ、囚人、今日はその方の所にお客が来る。もったいなくも、隣国パルマー国の貴族カスタルバー侯爵夫人が、囚人の様子を見たいとおっしゃるので、その方の部屋に案内した。」と言い聞かせると、次は囚人の驚く声で「えっ、私の部屋に侯爵夫人が」「そうよ、ご無礼しないようによく気を付けてお目通りしろ。」

 「ほほー、永く牢に居る間には不思議なことも有るものだ。ひげぼうぼうと生(はえ)伸びたこの面では、お目にかかりばえもしないが、天日と女の顔は長い間拝んだ事が無い。どれ、どこでお目にかかるのです。」と言う言葉さえもりりしく聞こえるのは、どちらにしろ一廉(ひとかど)の勇士らしく、牢の中で泣きくずれた人とは思われない。

 セント・マールスは、「なに、ここでお目にかかるのだ。」と言い、少し体を横に引くと、後ろに立っていた侯爵夫人の姿は自(おの)ずから現れて囚人の目に止まった。

つづきはここから

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