巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面114

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳 

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                 第百四回

    
 ブリカンベールがまだ生きてこの牢につながれていたとは、以外とも不思議とも言い様の無いことで、これをバンダに聞かせたならモーリスに会うのと同じくらい喜んで、これも救おうと言うことは確実だろう。それにしてもバイシンが折角ブリカンベールに会いながら、少しでも長くこの部屋に居て、彼の身の上などを聞き取ろうともしないで、腹を立てたふりをして、あわただしく立ち去ったのはどうしてだろう。これは実はバイシンのバイシンらしいところで、大いに苦心したところなのだ。もし少しでも牢番セント・マールスに疑われる恐れがなければ、バイシンは十分に言葉を工夫して、彼の目の前にもかかわらず、色々なことを聞いただろう。

 すべて他人の目の前で、他の話にまぎらせながら秘密の意味を通じさせるのは、永年陰謀に関わって来たこの様な人たちの得意わざなので、牢番の目の前でも少しも恐れることはなかった。ただ今回はバイシンもブリカンベールも余りに意外だったので、思わず知らずのうちに疑われる言葉をもらしてしまい、すでにセント・マールスに十分疑いをおこさせ、ほとんど何もかも見破られるばかりだったので、ひたすらその疑いを晴らさなければならなくなり、どうしようもなかったので、やむを得ず腹を立てたふりをして席をけって立ち去ったのだ。

 もしバイシンが少しでも未練がましくしていて、あと一分でも立ち去るのが遅かったら、必ずセント・マールスに捕らえられて、二度と世間に出ることは出来なかっただろう。とにかくバイシンのあのやり方は、あの時には一番で、バイシンで無ければ誰も出来なかっただろう。

 それはさて置き、バイシンが立ち去った後、ブリカンベールは空しく耳を澄まし、その足音を聞くだけだったが、しばらくして「ああ、とうとう聞こえなくなった。あの意地悪な牢番が廊下に出てから、バイシンを捕らえるかと思ったが、捕らえもしないで送って行った。これはさすがにバイシンだ。うまく牢番をだましたな。」

 「それにしてもバイシンがパルマー国の侯爵夫人だの、近々国王と結婚するだの、どうしてまあ、その様なことになったのだろう。いや、あれも牢番をだます口実だろう。この牢屋を見るために侯爵夫人に化けてでも来たのかな。そうだ、俺がもしこの牢にでも捕まっていないかを見極めて救い出す積もりで、いや、待てよ、俺がここに捕まっていることは誰も知らないはずだ。」

 「待て待て、俺は先年ブリュッセル府からオリンプ夫人とパリへ行き、その帰りには政府のスパイが厳重だから、いっそ我が党の往来を楽にするため、しかるべき間道を捜しながら帰った方が良いとわき道にそれたところ、政府の方でもぬかりはなく、ナアローの使う手下めが俺の後をつけて来て、俺が間道を調べているのを見て、てっきりそれと見たのか、寄ってたかってこの俺を捕まえやがった。ずいぶんあばれたが仕方が無い、俺一人に四十人ほどの兵隊を差し向けて、とうとう捕まえやがった。

 それからその土地の兵営に連れて行ったが、そうそう、あれがカタローエの分営だ。分営の穴蔵に放り込まれて三月近くも置かれたが、その間に隙を見つけてようやく逃げだしたが、三月も世間を見ずにいたので、我が党の者が何処にどうしているのかも分からず、たぶん、もうパリに攻め登った事だろうと、とりあえずパリに引き返して、アセーユの宮廷をのぞいて見ると、どうだ、あのルーボアめが平気な顔をして馬車に乗り、国王の供をして、行幸(ぎょうこう)先から帰って来るところだった。

 その時の彼の憎らしさは今も時々思い出す。今俺が馬車に飛びつき、あいつののど首を握りつぶせば、我が党の目的も達するのにとこう思ったが、そのような事をしてはかえってモーリス様の計画を妨げることになると思い、馬車をそのままやり過ごした。なにしろこの様子で見れば、我が党がまだ攻め登っていないのは確かだったので、さてはモーリス様の怪我がまだ直っていないのだ。そうとすればバンダ様もきっと気づかっておられることだろう。

 いずれにしろ一刻もここには居れないと、今度はオリンプ夫人にも会わず、馬のように駆け出して、三日目にブリュッセル府に着き、モーリス様を訪ねたところ、早、傷も直って、一ヶ月も前に同志を引き連れてパリに立ったとのこと。ああ、こいつは失敗した。パリへ立って三十日経ち、まだパリに着いていないとすると、いつもモーリス様が心配していた通り、途中で敵兵の待ち伏せに会い、皆殺しに会ったに違いない。どこでそんな目にあったのか、それを突き止めるのが第一だとすぐに後を追ったが、ちょっと待てよ、一同が皆殺されたなら生き残っているのは俺一人。

 前にモーリス様が万が一のことを思って、お前だけには極内密に知らせて置くことがある。もし俺が死ぬような事があったら、バンダを助けて秘密の箱が政府の手に渡らないように堀だして、焼き捨てて貰いたい、と言ったのはこの時の事だったのだ。その時はなに貴方が死んだら、私一人生き残るはずは有りませんと言ったが、ただ万一の用心のためだったのだ。大きな事を成し遂げようとする者は、何から何まで考えて置かなければならないのだ。

 それでその箱の隠し場所を聞いて置いた。その万一の用心が役に立つことになったと思えば残念な事だが、そのままにしては置けない事なので、すぐにヨハネの教会に行き、うまく掘り出して、後の土を元の通りにして置いてそこを立ち去り、すぐにその箱を焼き捨てた。それからモーリス様達の行った方角を考えると、前からコフスキーが言っていたペロームの横手へ出たに違いない。

 きっとそうだと山を越え、谷をくぐり魔が淵までやって来ると、十四五人の騎兵が休んだと思われる痕(あと)も有り、この淵さえ渡ってしまえばパリへはもう一直線だ。そうしてみるとパリの何処かに皆が隠れて、時期が来るのを待っているのか。それともここで捕まってしまったのかとそろりそろり向こう岸に渡ると、伏兵の痕かと思われる所があったので、それをきょろきょろ見ていると、運の悪いときは悪いもので、ナアローとペロームの守備隊長セント・マールスめが、少しの兵隊を連れて見回りに来たのに見つかり、又意気地なく捕まってしまった。

 今度は分営と違い厳重に作って有る砦なので逃げ出すことも出来ず、九年近い今日までセント・マールスの荷物となり、彼の転勤と一緒にこの土地に移されたが、その後何度かこの牢を破ろうとしたが、握りこぶしの他には何の道具も無い悲しさ、もし、針一本でも有ればどの様な所でも破ってみせるが、何も無しではどうしようもない。いっその事、神妙に見せかけて釈放されるのを待つのが近道かと思い直し、今日まで我慢して来たが、バイシンの顔を見ては、ああ 、急に世間が恋しくなった。決死隊の皆は魔が淵で殺されたと思うが、それとも俺と同じように捕まっている者もいるのか。

 バンダ様はどうしたのか。ええ、あのセント・マールスめが。今にその方は釈放されるから神妙ににしていろ、と何度も言ったのは俺を静かにさせて置くための気休めだったのだ。そんなことをあてにしていては、次第次第に年を取って行き、力も抜け、牢破りも出来なくなってしまう。破るなら今のうちだ。」こう言ってブリカンベールは猪が怒り毛を立てるように顔中の髭を逆立て、牢の中で立ち上がり、光る目で部屋中を見回した様子は恐ろしいばかりだった。

    
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