巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面123

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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2009.8.22

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                 第百十三回

    
 ルーボアがこんなにコンド、チュウリン両公爵を恐れるほどなら、バンダはなぜ初めから両公爵を頼って行き、ルーボアを滅ぼさなかったのだろう。実は今までにも何度か両公爵に連絡して鉄仮面の事を初めとして、ルーボアの悪逆非道な証拠を知らせたことはあったのだ。

 しかし、両公爵は自分の配下に再びモーリスの様な英雄が現れなければ、そう簡単にルーボアと戦うことはできないと言って、手出しが出来ずに時が来るのを待っていたので、バンダはもどかしがって、何時来るかも知れないその時節を、何もしないで待っていることはできず、ついに両公爵に話すぞと言ってルーボアを脅(おど)かしたのだ。
 
 幸いに思うことが図に当り、明日王宮で面会しようとの約束を取ったので、この夜は宿でブリカンベールと色々相談をし、考えつくだけの手はずを整え、やがて翌日はその時間を待ちかねてヴアーセーユ目指して行った。

 そもそもヴアーセーユの宮廷はマアレーにある王宮と違って、中に多くの役人を住まわせる官邸があった。市民の出入りが甚だ多いので、門の見張りもそれほど厳重ではなく、桃花園と呼ばれている大庭までは、毎日開け放しの状態だった。

 特に国王ルイ陛下も毎日桃花園を散歩するので、その姿を拝もうとする人びとが集まらない日はなかった。ルイ王も又、多くの人々に自分の立派な姿を見せ、民を自分の子供のように、近しい者にしようとする気持ちがあるので、時間を決めて散歩をしない日は無いと言うことだ。だから、バンダも簡単に桃花園までは入り込めたが、昨日ルーボアが、ここの玄関に迎えの者を出しておくと言ったのを頼みにして、まず玄関に近づいて様子を見たが、自分を迎えてくれる人はいなかった。

 さてはルーボアは約束を破ったのだろうか、いやいや余り私が急いだため、まだ時間が早すぎるからだろうと、この時から二十分ほど庭木の影に立って待っていたが、何の音沙汰もなかったので、また玄関に近づいてみると、何かあったのか、召使と思われる者があちこちに行き交う様子は、よほど急ぎの用事が出来たようで、また何処からか泣き声の様なものも聞こえて来た。これはきっとただ事ではない。何か悲しむべきことが起こったに違いないと、あやしむ心に引かれて、自分の大胆な振舞いにも気付かず、つかつかと玄関に入って行った。

 見ると廊下の戸も開いたままで、別に遮るものもなかったので、さらにその戸の中に入ってみると、やはり多くの人々が気ぜわしげに走り回っていた。他に心を奪われてか、誰一人バンダをとがめる人はいなかった。

 行くともなく又数歩進んでみると、この時廊下の奥から二人の紳士が一人の人を両わきに助け起こして、ほとんど抱き上げるような格好で、廊下をこちらに引きずって来た。これは病人なのか、それともけが人かと怪しんで見て見る間もなく、助けられているその人は、即ち大宰相ルーボアであることが分かった。

 彼は急病に襲われたのか、顔の色がほとんど紫に見えるほど血が満ちて、苦しそうな目を開き「おお、早く侍医を連れて来い。息が出来ない。息が出来ない。すぐに血を取らせなければもう駄目だ。」と言うその声さえ虫の息だった。日頃からルーボアを憎む身だが、この苦しみの様子を見たら、幾らかの哀れみを感じないわけはなかった。

 その中にルーボアはバンダの立っているところまで連れてこられ、明かにバンダの顔を見て、何か物を言いたそうに唇を動かしたが、息が迫って声にならず、再び言おうと藻がいたがこれが命の終わりだったのか、たちまち最後のけいれんに手足を震わせ、助ける両紳士の腕の中に力もなく倒れ掛かかった。

 「ああ、大変だ。」と一斉に叫び立てる両紳士の声に、四方から召使達が走り寄り、上へ下へと混雑し始めたので、こんな所にいつまでも居る訳にもいかず、バンダはちょうど夢の中を行く人のようにふわふわとここを出て、再び桃花園に出てきたが、手足の力は抜け、急に心まで消えて仕舞いそうな気持ちになって、ほとんど一歩も進むことが出来なくなった。

 庭の中程まで来て、大きな庭木に寄り掛かり、しばらく目を閉じて休んでいたが、この間にも人の行き交う足音は益々激しくなり、小声で問い答える噂が、ハッキリと耳に入った。「医者が来たとよ。来て血を取ったが駄目だとよ。」

 「恐ろしい急病だなあ。昨日まで元気だったのに。」「なに、今の今までだよ。」「脳充血の様だと医者が血を出したため少し直りかかったが、すぐに又駄目になったとよ。」「だけど、毒殺の疑いが有ると言うことだよ。」「そうよ、何でもパルマー国とかから国書が届き、その封を切って読みかけたらすぐに顔色が変わったと言うことだ。」

 「それは偶然だよ。一頃バイシンの居る頃には手紙に封じて送る毒も有ると言うことだったが、誰もそれを見た者はいない。ただ毒薬師が自分の名前を売り込むために言いふらした噂で、何とも分からない。先日ナアローが死んだのも丁度これと同じで、イタリヤのある国から来た手紙を開くと読み終わらずに死んだと言うことだ。後で調べてみたらその手紙には何も書いてなくただの白紙で、変な粉を包んだような痕(あと)があったそうだ。」、「こんな噂を大声でしたら免職になるぜ。」

 すべてこれらの話は召使達が行き交う度に互いにもらす言葉だったが、バンダはバイシンと言う語が耳に入ってから、たちまち正気に戻り、又立ちかえって考えてみると、あるいはこれらはバイシンが私がパリに行くと言う手紙を見て、それをあぶながって私を守ろうとして奇怪な毒薬をルーボアに送り付けたのではないだろうか。

 あのナアローまでも同じ様な死に方をしたと言うのは益々そんな事情がありそうだ。多年モーリスが恨みに恨んでいたルーボアが死んだ事は、仇を返したのにも等しいが、これで鉄仮面の顔を見る自分の望みは絶たれて仕舞った。

 ああ、こうなって仕舞ったからには、これからどうしたら良いのだろうと、バンダの心は麻のように乱れ、どうしたら良いか分からずに立っていると、この時庭木の向こうから誰かが歩いて来る音がした。

 振り向く気もなく振り向いてみると、杖をついた六十に近い一人の老人、その顔に無限の威厳があり、一目見るだけでさんさんと照る日の光に向かうのに似ていた。これこそ国王のルイだと初めて見るバンダの目にも明らかだった。
  
つづきはここから

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