巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面145

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百三十五回

 別当アリーが、ブリカンベールを救い出した後、更に鉄仮面モーリスの部屋の窓を破り、モーリスを連れて再び窓の所に出て来ただけでなく、その窓の所で何か相談していたとは、本当に意外な事で、今まで誰一人あのアリーがこのように働いていたとは、思ってもいなかった。

 これこそバンダ、コフスキー、ブリカンベールの三人には命がつながることなので、三人とも目を上げ長老の顔を見つめていると、長老は叉話を続け、「窓の所でその人が囚人に向かって、さあ、貴方が先に降りて下さいと言いました。囚人がいや、一緒に降りようと答えました。」

 その人は、「いえ、一緒には降りられません。縄が細いので二人の重みが一緒に加わると切れてしまう恐れがあります。」囚人は、「でも俺は体が疲れていて、とても一人ではこの縄をたぐり下まで降りる力はない。途中から落ちてしまうかも知れないから、お前が一緒に助けながらおろしてくれないと降りられないよ。」

 その人は、「おやおやそれは困りました。ここでこの縄を二重にすることもできません。縄さえ強ければ抱いてでもおろして差し上げますが。はて、どうしたらよいものかと言い」、しばらく二人で途方に暮れていましたが、やがてその男が、「ああ、夜が明けるにはまだ間があるので私一人で降りて丈夫な縄を持って来ましょうかと言ったそうです。」

 さては丈夫な縄を取りに降りようと、アリー一人が先に降りてその足が地面に着くか着かないかの時に、セント・マールスに発見されてしまったのか、という心配が皆の胸に広がった。そうすると囚人がいや、待てよ、今お前が一人立ち去って再び縄を持ってくるまでに、どのようなことが事が起こるか、分かったものではない。ああ、良い工夫がある。縄の端に俺の体をしっかり結び、お前が窓の上に立って丁度つるべを、井戸におろすように、俺の体をそろりそろりと塀の下におろしてくれ。そうすれば俺は地面に尽き次第、自分で縄をほどき町はずれに立ち去るから、お前はすぐその後一人で降りて来てくれ。

 その人はなるほどそれは良い考えです。そうしましょうと言い、それからどうやら囚人を、縄の端に結びうまくつり下げたように思われたが、しばらくして、その人が今度は一人で降りて塀の外に降りたと思ううちに、セント・マールスに発見されたと見え、叱る声や鉄砲の音が聞こえ始め、大変な騒ぎになったと言うことです。それですから、黒鳥は多分囚人だけ逃げ、後から降りたその救い主が無惨な最期を遂げたのだろうと言いました。」

 それでは、それでは、あのアリーが塀の外にぶら下がり、セント・マールスに見つけられたその時は、すでに白鳥の鉄仮面は地面に着いて、縄をほどき逃げ去った後だったのか。そうするとアリーはブリカンベールを助けたのと同時にモーリスも助けていたのだ。助けた後にセント・マールスに見つかり殺されたのだ。

 何はともあれ、白鳥モーリスが助かっていたと聞いたうれしさに、三人は喜色満面だったが、特にバンダは更に「では長老様、夫モーリスはピネロルで死んだのではなく、うまく牢から逃げたのですね。」コフスキーも口を揃え「そうです、そうです、ブリカンベールに続いて逃げたのです。」

 「しかし逃げたと分かっては、セント・マールスの落ち度になるのでセント・マールスはこれを隠し、死んだことにしたのです。
 それだけではまだ安心せず、同じ死んだことにするなら、黒鳥を死んだことにし、白鳥が生きているように見せかけておくほうが、朝廷から重んじられる元だと思って、白鳥をすり替えたのです。」

 有り難い、有り難い、死んだと聞いて一度は絶望したが、その絶望もすっかり消えてしまった。逃げたものを、逃げたと知らずその後二十年の今の今までの苦労は本当の無駄骨折りだったが、今まで苦労して来たからこそ逃げ延びたことも分かったのだ。

 それにしても今更感心するのはあのアリーの働きだ。彼は先ず第一番には、ナアローの穴倉でバンダを助け、それさえ、抜群の手柄なのに、次にはブリカンベールと鉄仮面のモーリスを助け出した。

 自分は聞くのさえ恐ろしい千尋の空中に射止められ、大地に落ちて、ずたずたに砕けて死んだのだ。これを思うと皆、悲しさとうれしさが交互にわき起こり、ただ、長老の手にすがって泣くばかりだったが、ようやく心が静まるのに従って、バンダの胸には叉難しい疑問がわき上がってきた。バンダは先ず顔を上げ、「それにしても逃げたモーリスはどうしたのでしょう。それから何処に行ったのでしょう。」

 コフスキーもブリカンベールもこの言葉を聞いて今までその疑問が起こらなかったことを不思議に思うように、びくりとして跳ね起き、「逃げ出して何処に行ったのでしょう。」と長老に問いつめたが長老はそこまでは知らなかった。

 「さあ、黒鳥はただ救い出した人よりも白鳥が先に出たことまでを知るだけで、その後のことは知るはずもなく、何も話しませんでした。或いは外に出てまた捕まったのか、それとも無事に逃げて、今も何処かで生きながらえているのかは、これから、あなた方が調べる以外には無いでしょう。」

 三人はこの言葉を聞いて、更にこの後に大難問が待ち受けているのを知り、空しく顔と顔を見合わせるだけだった。

つづきはここから

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