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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面148

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百三十八回

   
 オリンプ夫人は何処で、アルモイス・モーリスの姿を見たのだろう。兎に角、往来では、細かいことも話せないので、先ず夫人の宿を聞くと、ここからわずか数百メートルの所なので、三人は夫人を助けてその宿に行き、ここで一夜を明かすことにし、ゆっくりと話を聞いてみると、数年前からオーストリーの陸軍に、老将軍として知られた武人がいる。その名は時々夫人の耳にも入っていたが、その姿は見たことがなかった。今年の観兵式で夫人は初めて老将軍の姿を見た。

 年こそ老いていたが、昔のアルモイス・モーリスに間違い無いので、夫人はその後、知っている士官に、老将軍の身の上を聞いたところ、何処の人かは知らないが五、六年前オーストリーの総理大臣を訪ねて来たということです。総理大臣の命令で陸軍大将、プリンス・ユージーン{即ち夫人の息子}の参謀役とし陸軍に所属させたと言うことです。夫人は早速太子ユージーンに手紙を送り老将軍の事を聞いたが、彼の身の上は政治上、外交上の秘密なので誰にも知らせることは出来ないと断わられた。

 夫人はいよいよアルモイス・モーリスであることを知り、自ら行って面会を求めたが、これも太子に遮られ会うことが出来なかった。しかし、夫人の心は今もなおモーリスを思うからではなく、オービリヤのフィリップを思っての事なので、これで鉄仮面がいよいよオービリヤだと言うことを知り、再び救いだそうとの気持ちを強くして、太子にも誰にも話さず、ただ一人の下僕を連れてここまで来たところ、はからずも一種の熱病にかかり、今までこの宿で病気が治るのを待っていたのだった。

 病気は徐々に直ったが、オーストリーとフランスの人心は、次第に険悪になり、互いにいがみ合って止まらなかったため、オーストリー人でこの土地に来たものは、町民のために嫌がらせを受け、非常に困っていた。まさか、これほどとは思わずに夫人は今日も病後の散歩に出た途中、「オーストリー人憎し」の町人らに見とがめられ、思わぬ辱めに会っていたところを、ブリカンベールに助けられたのだった。この事から考えると、いずれにしろモーリスがオーストリーの陸軍で、老將軍と慕われ今なお生きていることは、ほとんど疑い無いものとなったので、三人の喜びは一通りでなかった。

 かわるがわる夫人に向かって今までの事を残らず話し、オービリヤが既に死人となり、セント・ポール寺院の墓場に埋められた事まで話すと、夫人は一人落胆したが、今となってはどうしようもなく、それでは三人共々一緒に明朝この宿を出発し、オーストリーに帰ると言うことに決まった。

 しかし、この時はもう既にオーストリーとフランスの間に、非常に恐ろしい戦争が起こった後だった。三人は今まで、ただ鉄仮面の救出だけを目的に過ごし、世の中がどのように動いているのかなど全く知らずにいたが、戦争の兆候は既にこの数年前から現れていたのだ。その原因はと言うとフランスの隣のスペイン王ヘルジナンドと言う人は跡取りの子どもが無いまま死去したのでフランス王ルイ十四世はこの空白につけ込み、スペインを乗っ取ろうと自分の孫に当たるアンジョー侯爵をスペインの新王だと布告した。

 ところがオーストリーの皇帝レオポルドもスペインの皇女と結婚していたので、その次男ヒィリップこそ正当にスペインの王位を継ぐべき者だと主張し、フランス王ルイを邪魔しようとして、以来すぐ戦争となり、バンダ達三人がパリを立った時は、早くも戦端が切って落とされていた。オーストリーが兵を挙げると、第一番目にこれに同調したのはすなわちパルマ国で、きっとバイシンの指図の結果に違いない。

 次に加わったのはイギリスで、あの有名なマルポロー将軍が数万の兵を率いてフランスを恐れさせた。今まで世界に敵も無く攻めるごとに必ず勝っていたフランスもこの時ばかりは恐れないわけにはいかなかった。特にオーストリーの大将軍はオリンプ夫人の息子であるプリンス・ユージーン殿下で、部下に属する老将軍と一緒にすさまじいほどの活躍をして名を上げ、ついにフランス王ルイに銀の瓶(びん)を溶かして銀貨にし、ほとんど朝廷の財産を空にして、軍用金を準備するまでの苦しみに追い込んだ事は、歴史を読む人なら誰でも知ることになった。

 このような時だったので、三人はオリンプ夫人と一緒に国境まで行ったが、関所には幾つもの部隊の兵隊がこれを守っていて、オーストリーから攻めてきたユージーン殿下の兵を防ごうとして、なかなかこの一行を通さなかった。オーストリー兵は、既にこの関所の外まで押し寄せ、一打ちで打ち破ろうとして射かける弾丸は雨のように降り注いだ。こちらからもこれに応じてさながら天地を覆うばかりの激戦となったので、一同は悪いところに来合わせたものだと思い、どちらにしても、もはやオーストリーに入り込んでも、アルモイス・モーリスに会う見込みは無いと諦め、進むことも退くことも出来ずに、土手の陰に身を潜めていると、激戦が半時間くらい続いた後、オーストリー兵の力が勝ったとみえ、フランス兵は一時に崩れ人波のようになって逃げ出した。

 オーストリー兵はどっと鬨(とき)の声を上げる間もなく、関所を打ち壊して入って来たが、その真っ先に進んできた司令官は太った馬に乗り、身には立派な軍服を着ていたが、顔を包む黒いものは仮面か頭巾か、はたまた兜か、何しろ軍人には見たこともないものを被っていた。土手の陰から不思議に思ってみている一同のうち、真っ先にコフスキーが「鉄仮面だ」と大声で叫び、「ブリカンベールは、あれがモーリス様ではないか」と言う。

 オリンプ夫人も「ああ、老将軍だ」と答えてバンダと共に立ち上がると、この時既にコフスキーとブリカンベールは、矢のように飛んで行って、左右から馬の轡を取り、少しそばに引き寄せて「旦那様、コフスキーです。」「旦那様、ブリカンベールをお見忘れになりましたか」と、声をそろえて叫びながら見上げると、馬上のその人はその仮面を取りはずした。歳は早六十位で髪の毛は雪より白くなっていたが、疑いもなく昔の決死隊の頭領キツヘンブッチとして知られたアルモイス・モーリスだった。

 ここへバンダも転がるように走って来た。「おお、モーリス、モーリス」と連呼して馬の背に上がろうとすると、さすがの英雄もこれには心を動かさずにはおれず、自分から馬を下りて来て、バンダを膝に抱き上げたまま、しばらくは互いにむせび泣くだけだった。

 この後のことは読者の推測にお任せしよう。元々モーリスはフランス朝廷に対する長年の恨みがあり、今やその恨みを晴らす時が来たので、わざわざ鉄仮面を被ったままフランスに乗り込んだのだ。鉄の仮面を被った老将軍が、この戦争でどれほどの働きをしたかは、今でも歴史にちらほら見られることだが、これがフランス牢獄に居た鉄仮面その人だとは、知っている人は甚だしく少ない。

 これからブリカンベール、コフスキーはすぐにモーリスに従って戦場に臨み、バンダとオリンプ夫人はモーリスとユージーン殿下の計らいで、本部からパルマー国のバイシンの所に送られ、その朝廷の客分として留まっていたが、戦争が終わってから叉モーリスとユージーン殿下の迎えで、オーストリーの朝廷に移り、オリンプ夫人は殿下と共に、バンダは老将軍アルモイス・モーリスと共に、コフスキー、ブリカンベールを家来として、皆晩年を穏やかに暮らす事が出来たことは本当にめでたいことであった。
 
 完
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