巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面23

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第十四回                 

   
 オービリヤ大尉が現れたのを見て、モーリスは喜びの色を顔に浮かべ、「オオ、人の注意を引くまいと思い、所々寄り道をして来たので大層手間取ってしまった。それで一同の者達は?」、オービリヤはすぐには返事をせず、まずバンダの方を向いて「イヤ、奥方、この様なところから急に飛び出て、驚かせたのは申し訳有りませんでした。」と言って丁寧に挨拶を始めようとするのを、モーリスがもどかしがって、「エエ、大尉、一同の者達はどうしたか。」

 オービリヤは仕方なくバンダからこちらに向き、「それはもう、言うまでもなくパリからの密使次第で、すぐにも出発する手はずを決め、向こうの村で勢ぞろいをしているから大丈夫だ。君の馬丁(べっとう)アリーは、今にも馬に鞍を置きその辺にやって来るだろう。僕は先刻から決められていた場所で待っていたが、余りに君が遅いからここまでぶらぶら見に来たのだ。さあ来たまえ。奥方もいらっつしゃい。」と先に立って案内した。
 
 ここから50mも行くと、雑木が取り囲んだ中に広さ十畳程の芝生の所がある。そこが前から決めていた集合場所だ。バンダはただこの後の事を心配しながら、夫と並んで木の株に腰を下ろすと、オービリヤ大尉はバンダの正面で、斜めに体を向けて、足を芝生に投げ出して、美しい横顔をバンダが眺めれるようにして、自分は待ち遠しそうに遥(はるか)か彼方の空を眺めながら、この頃秘密党の間で流行している、ある軍歌を低い声で歌い始めた。

 その声は明るくはつらつとしていて、微妙な楽器から出たのではないかと思うほどで、風が梢(こずえ)を渡るごとく、水が谷合に煙るように自然だった。もしパリで美人達にこの歌を聞かせたなら、誰一人としてその心がとろけ、気持ちが動かない者はいないだろう。バンダも思わず聞きほれて、彼の姿を眺めると、日頃は非常にはでな服を着ていたのが、今日は勇ましい軍人の扮装(いでたち)で日頃とは又別な趣があった。

 特にその軽い帽子をしまりなく頭の後ろにはねのけて、その縁からはみ出している髪の毛は黄金のように艶(つや)があり、短いけれど房となっている。また何気なく額に当てている手の優雅さ、時々赤い唇のの間から現れる歯の麗しさ、本当にこれは天界の人でなければ、絵に描いた貴公子が、ここに抜け出て来たのではないかと疑うばかりだ。

 バンダがもし心に気に掛かることがなかったなら、この美しさに魂を奪われて、我を忘れてしまったかも知れないが、様ざまな事が気にかかって、見るものも目に入らぬ程の時なので、オービリヤ大尉を眺めながらも、その美しさが心に留まらないようだ。モーリスもただ大尉と同じく向こうの方を眺めていたが、第一に膝を打って「アア、来た来た」と立ち上がる。

 バンダもこれに驚いて彼方(かなた)を見ると、前から知っているモーリスの部下の、ポーランド人のコフスキーと言う者が、旅人の服装で彼方から走って来て、見ている間に早くも一同の前に来て、軍人風に立礼した。モーリスは笑顔で「オオ、コフスキー、定めし道中は難儀したろう。パリの様子はどうだ。今日はお前が帰って来る予定の日だから、事によると帰って来るかも知れないと思い、一同で待っていた。さあ、パリの様子はどうだ。早く聞かせろ。」

 コフスキーはどうしてか答えるのを躊躇(ちゅうちょ)して、ただ疑わしげにオービリヤ大尉の顔を眺めているだけなので、モーリスはそれと察して、「おお、お前はまだ、オービリヤ大尉を知らないのだったな。以前から我が党のために働く士官で、このたびの先鋒に加わった。この方には少しも遠慮はいらない。私に知らせることは、この方にも同じように知らせて良いのだ。」

 コフスキーはやむを得ないと言う様子で、「では申します。今からすぐに出発すれば成功間違いなしです。」と言いかけて再び大尉の顔を眺め口ごもる様子なので、大尉もそれに気ずき、「オオ、さすがにモーリス君だ。この様によく部下を仕込んだものだ。初めて見る僕の顔を疑うとは、実にこうでなくてはならない。僕がモーリス君だったとしても、これくらい大事を取る士卒でなければ、決して秘密の使者には使わない。よしよし、僕は話の済むまで席を外そう。ナンダネ、モーリス君、僕がこれくらいの事で気を悪くするとでも思っているのかね。」と言い、

 未練もなく立ち上がり、モーリスが引き留めるのも聞かず、そのまま何処かに立ち去ろうとして、「だが、一刻も早くこの様な忠義の士に近好きになれないのは残念だ。立ち去る前に握手だけはしておこう、ね、コフスキー殿」と言い、早やコフスキーの手を取って握りしめるその様子は、率直で愛らしく何とも言えないほどだったが、しかしこの一握りで彼の魔力はすでにコフスキーを酔わせたのだ。

 握り終わって、すたすた立ち去るのを見て、モーリスはこの様に心の開けた武人をのけ者にするとは、無作法も過ぎると思ったらしく、「これこれ、大尉、大尉」と呼び止め、いそがしくバンダに目配せすると、バンダはすぐにその気持ちを悟り、自ら立ち上がって走りより、去ろうとする大尉の腕に後ろから手をかけて引き留めると、大尉もこれには逆らえず、バンダのその手に又手を掛けながら、引かれるままに元の場所に戻ったが、バンダの手と大尉の手が触れたのはこれが初めてだった。

 このようにしてついにオービリヤ大尉は、モーリスと共にコフスキーの秘密の報告を聞くことになった。


つづき第15回はここから

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