巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面29

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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               第二十回            a:1737 y:1 t:1

                  
 鉄の仮面をかぶせるとは、ただ聞くだけでもゾッとする残酷な処分なので、オリンプ夫人は身を震わせて「エエ、恐ろしい事をする。それはまあ、あんまりな、ですがヒリップもその面をかぶせられる一人でしょうか?」「もちろんそうです。何でもヒリップはそうとは知らず、たとえ一味と一緒に捕まっても自分だけは手柄により許されるものと安心してますから、他の者達の中に、逃げる者がいても、彼はなおさら逃げられません。」

 夫人は非常に驚き、しばらくの間は何も言う事が出来なかった。その間にバイシンは「そのように手配が行き届いているなら、とても一同が無事にパリに入り込むことは出来ないでしょう。ヒリップは自分で求めた事だから仕方が無いが、モーリスを初め一同を救わない訳には行きません。男爵その魔が淵とは何処の事ですか。」

 「なんでもペロームの横手にある谷川の上流だそうです。これらの事もすべてヒリップが聞き出してナアローの所へ伝えさせたのです」、バイシンは腹の中でヒリップを非常に憎んだが、夫人の心を思いやって黙っていた。それよりもまだ同志一同の身の上が心配で、

 「それで、一同がその魔が淵へ着くのは何時ごろでしょう。」 「一同は四月一日までにそこへ着く予定です。三月二十四日の午後に、一人一人間道を通ってブリュツセルを出発しましたが、何でも魔が淵に着くのは二十八日の夜あたりでしょう。」

 バイシンは顔色を変え「今日はもう二十七日、そうすると明日の晩あたりが大事なところでしょう。それまでに、こっちから魔が淵の先まで行って、一同に知らせてやらなければ。と言っても今からでは間に合うかどうか分からないが。」

 「そう、思ったので私も、夜も昼も寝ないで馬を走らせてきました。もう少し早く来るつもりで居たのですが、ナアローが密かに私を見張っているので、なかなか抜け出す暇がなく、つい遅れてしまいました。」「いえ、遅れたのは今更言っても、どうしようもないことです。これからが大事です。」

 夫人はしばらく悩んだ後、慌ただしく席を立って「もう、こうしては居られない時です。すぐにこれからヒリップを救いに行きましょう。そうすれば、モーリスら一同も助かるし、いよいよ一同に会った後で私から詳しくモーリスに話し、ヒリップが一時の気の迷いからナアローに雇われたその訳を話せば、モーリスも話の分かる男だから、ヒリップの罪を許した上で私に返してくれるでしょう。」

 敵のスパイは射殺すると言うのが一同の掟だが、ヒリップは他のスパイとは違う。それに私の顔を見ればヒリップも必ず後悔しスパイを止めてしまいます。後の事はどうするとしても、ヒリップが私の手に帰れば彼には、二度と政治には関与させません。こう言ううちにも時間が経ちます。さあ、早く、バイシン、馬車の用意をさせ、貴方もすぐ支度をしなさい。こうなったら男爵のフランベルジーンとやらも役に立つこともあるでしょう。早く、さあ、早く」
と夫人は気が違ったように急ぎだし、

 三十分も経たない中にバイシンと一緒に四頭立ての馬車に乗り込み、男爵アイスネーを新しい馬に乗せて馬車の護衛につかせて、おお急ぎでパリを出発したのは、あのモーリス達がブリュッセルを立ってから三日目に当たる三月二十七日の夕方だった。果して魔が淵に間に合うかどうか。

 ここで又話は変わって、バンダの夫モーリスは二十四日の夕方、バンダと共に馬を並べてトルコ人アリーと言う馬丁を連れて密かにブリュッセルを出発したが、町を出て数キロメートルを進か進まない中に、かねてから仲間になっている決死の同志が打ち合せの通り、そこ、ここにて馳(はせ)加わり、夜の明けるまでに総数十五人が揃ったのは、この打ち合せの役に当たったオービリヤ大尉の段取りが良かったからだと誉め、モーリスは益々オービリヤの手際の良さに感心した。

 一人バンダだけは、モーリスについで、まさるとも劣らないくらい頼りにしている、ブリカンベールが加わっていないのは何か物足りなくて、馬を並べる夫に向かって「ブリカンベールはどうしたのでしょう。」と何度も聞いたが、

 「彼は、お前も知っているとおり、オリンプ夫人を送ってパリに行ったまま、まだ帰って来ないから仕方が無い。忠実な男で決して心を変えるはずはないから、あるいは途中で捕まってしまったか、それとも道中の何処かで馳加わるかだ。今更心配をしていても仕方がないことだ。」と答えるだけだった。

 「でも、ブリカンベール一人が欠けたのは、貴方の右腕を失ったような気がして、私まで心細くて。」「それはそうだが、彼が居ない代わりに彼よりも尚(なお)優れた、オービリヤ大尉が加わったから同じ様なものだ。初めから先鋒隊は十五名だったのだ。今でもやはり十五名居るのだから何も不足はないよ。」

 と何でもないように答えるのを聞いても、バンダはまだ心が晴れず、又同じようにブリカンベールの事を言うので、モーリスはそんな心配事を言っている時ではないと思い、永年の苦労に苦労を重ねて計画し実行しようとしていることが、いよいよ成し遂げられる日が近いと思うと、心はその方にばかり向き、そのためバンダがいくら話しかけても三度に一度位しか返事もしなくなったが、モーリスに代わってオービリヤ大尉がいつもそれらに返事をして、痒(かゆい)いところに手が届くほどバンダの心を慰めるので、バンダもそんなには気も滅入らなかった。

 なるほどブリカンベールの代わりにこの様な親切な同志が加わったのかと思い、ちょと気が緩むこともあったが、どうしてかオービリヤの美しい顔には気に入らぬ所があり、時々彼の声を聞くと、なぜかゾッとすることがあり、バンダはそのためオービリヤよりもコフスキー、アリーの両人を頼りにして馬の背で長い道中を進んで行き、翌日の晩はあのオーニエルにある水車場に着いた。

つづき第21回はここから

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