巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面46

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第三十七回

 何度耳を澄ましても、まったくあの秘密の手箱を堀だしているのに間違い無かった。場所は確かにあの木の下で、音は正しく鍬の音だった。ああ、何者が私の秘密を盗みだし、手箱の在処を突き止めて、私より早く忍んで来たのだろう。憎い振舞いは許すことが出来ないと、バンダは腹立たしく思ったが、又考えれば、これはバイシンが言うようにあのオービリヤがルーボアに報告したため、ルーボアが人をよこして掘り出させているのに違いない。そうするとあの鉄仮面はオービリヤに違いない。

 オービリヤ一人生き残ってモーリスは殺されてしまった事に決まった。士官の服を着た二人の中一人は死んで一人は捕虜になった。その捕虜の一人がオービリヤなら、死んだ一人はモーリスであることは明らかなことだ。モーリスはすでに死んでしまったのか。そうだ死んでしまったのだ。

 この様な考えが浮かんで来たのでバンダは張り詰めていた気持ちがゆるんでしまった。今まではコフスキーがあの鉄仮面はオービリヤだと言っても、自分の心の中ではコフスキーの言葉が間違っていると思っていた。モーリスで無かったらどうしてこの様な残酷な仕打ちが出来ようと思って、密かにモーリスがまだ生きている事を信じ、そのため今まで、いろいろな苦労を忍んで来たが、モーリスはもうすでに魔が淵で死んでしまったものなら、自分は何のために生きながらえていられよう。死んでこの世の苦しみを逃れたほうがよほどよい。

 ルーボアの使いのあのくせ者が私の声を聞きつけて、捕まえるなら捕まえて見よ。この世の望みが絶え果ててしまった今となっては、誰を避ける必要が有ろうかと、耐えに耐えていた気持ちがゆるみ、そっと声を出して泣きだそうとしたが、いやいやどちらにしてもくせ者の顔だけでも見てからにしよう。顔を見ても何の役にも立たないだろうが、せめて冥土の土産にしよう。死ぬのは何時でもできる、今急ぐことではないとようやく思い返したが、樹木がびっしりと生え、星の光も見えない闇の中なので、どの様にして彼の顔を見たら良いだろう。

 マッチの用意はして来たが、今ここで明りをつけるべきではない。どうせのことなら彼が掘り終わって外に出るところを待ち、その後を付けて行こうか、いやいやそれも出来そうもないとあれこれ胸を悩ますうちに、くせ者は鍬を休め「はてな、掘っても掘っても出てこない。」と独り言を言った。バンダはこの声を聞きびくりとして「おや、あの声は」とほとんど口まで出かかったが、十分に聞き取って判断する暇もなかったのでそのまま口を閉じた。

 くせ者はしばらくして「とうてい、明りをつけなければどうにもならぬ。」と言う。バンダは言葉の意味よりただその口調に聞き入った。くせ者は又声を出し「明りをつけたとて、まさか顔を見る者もいないだろう。いやいや、こうしてから明りをつければ誰がいても見られはしない。」
 こうしてとは、どうする事なのか分からないが、とにかく、くせ者は何か用心の準備をしているものと見え、しばらくの間静かになった。

 バンダはくせ者の声の調子を聞いてから、更に一層その顔を見てみたいという気が起き、手に汗を握りながら寄り掛かっている木の幹から体を斜めに出した。何しろこちらで明りをつけようかと思った丁度その時、彼が自分から明りをつけてくれたのは願ってもない好運だった。彼の顔を見るには遠くもないところだから、騒がなくても大丈夫と、バンダは再び木の幹に体を寄せると、この時くせ者はパッとマッチをすり、準備していたろうそくを取り出してこれにつけた。バンダはこの時とばかりに目を皿のようにして、彼の姿を見たが、彼はどうしてか黒い頭巾で顔を隠していた。

 目だけはたぶん出しているのだろうが、それさえも分からなかった。前にはペロームの守備隊で鉄の仮面をかぶせられた捕虜を見、今は又、ここで首から上を黒い頭巾で隠した人を見る。あれとこれとは事柄は違うが、これも又怪しいことだ。もし、政府からの使いなら、顔まで隠すはずはないと思われるが、それとも深い訳があって、闇の中でも人に顔を見られるのを恐れているのだろうか。

 何しろ今聞いた彼の言葉「こうすれば誰がいても顔は見られぬ。」と言ったのもこの頭巾の事だったのだと、バンダがあれこれ推量している間に、彼は又鍬をもって掘り出したが、鍬が振り落ろされるところは手箱を隠した所から三十センチも離れていた。
しかし手箱があるのを知っていることは間違いないので、すこし離れたところから順番に掘って行く積もりなのだろう。

 目の前で大事な手箱がこのように掘られているのを知りながら、文句も言わずにいるべきか、いやいや彼の顔を見るまではまだ文句を言うべきでないと自問自答し、今に彼が何かの拍子に頭巾を取ることも有るだろうと、それだけを待っていると、その心が届いたのか、彼は「ああ、暑くなった。」と言い再びその鍬(くわ)を休め、汗を拭こうとするようにその頭巾を取ろうとした。

 ここが大事な場面だとバンダは胸を撫でて待っていると、彼はやがて頭巾を取った。そればかりか、しばらく休もうとするように枯葉の上に腰を下ろし、今まで深く隠していた顔を蝋燭の正面に照らした。バンダは瞬きもせずにじっと見ていたが、わずか数秒で驚き「キャッ」と叫び、そのまま地面に倒れた。
 
 そもそもなぜ倒れたのだろうか。ああ、バンダは余りの恐ろしさに気絶したのだ。蝋燭(ろうそく)に照らされたその顔は醜いと言ったらよいのか、恐ろしいと言ったらよいのか全く生きた人間ではないようだった。墓の底から出てきた骸骨か、骸骨よりなお恐ろしかった。目は大きく落ちくぼみ、二つの球を並べたようで、鼻はただ三角の暗い穴となり、頬には肉はなく、顎には骨があった。

 上下の唇は跡形もなく崩(くず)れさり、上と下からただ長さ1・5センチ位に延びた歯を食合せ、その上、全体の顔の色は青黒い土のようで、骨の他に所々に残っている皮も皆ひからびて引きつりとなり、人ではなく怪物のようだった。この怪物はバンダの声を聞くとフッとその火を吹き消した。

つづき第38回はここから

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