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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面48

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第三十九回

  
 話は変わって、フランスの大監獄バスチューユと言うのは世界中でも有名な大牢獄で、年々国事犯人を初めとして、他の罪人でもこの牢に入れられて、死亡するものは何人位いるのか、その数も分からないくらいだ。この牢の所長を勤めるベスモーと言う人は今年五十七八の老人だが、バスチューユ構内にある官邸を住居にしていて外に出ることは非常に希(まれ)だった。

 そのため勤めの暇な夜を見計らっては、近くに住む良家の奥方などを招待し、これに夕飯をご馳走(ちそう)しながら世間話をするのを、勤めのほかの楽しみとしていた。もっとも、牢獄長の仕事はいろいろな役得が多く、身分の高い人が囚人として捕らわれて来るたびに、その親類縁者から内緒(ないしょ)で贈られる賄賂は非常に多く、月々の収入は給料の十倍にもなるほどなので、非常に裕福な生活が出来るが、ただ名前が牢番と言う事なので、招待されてもしりごみする人が多い。

 その中で一人喜んで応じて来るのは、牢番と少し親戚になっている某裁判長の奥方で、この人がなるべく近所の人たちを誘って来るので、時には来客が四、五人も有ることがある。来客が余り少ないときには、同じ邸内に住む下役の女房などを呼んで来て、用意の料理をご馳走するのはまずは罪滅ぼしの一つとも言える。

 今晩もこの様なご馳走をする日と見え、ベスモー所長は牢の仕事を見回って、日が暮れる頃にはその官邸に帰って来て、すぐに四十七八になる女房を呼び寄せて「これ、もうそれぞれの支度は整ったであろうな。そろそろお客が来る時間だから」と言うと、女房はそれほど気が乗らない調子で、「いつもいつも裁判長夫人だけでは本当につまりませんわ。貴方がもう少し気が利(き)いて、うまく交際を求めれば、ずいぶん立派な人の奥さんなども来るようになると思いますけど」

 「いや、今夜は今までにない、立派な夫人が来るはずだよ。裁判長の奥方がきっと連れて来る約束だから。」「あの人が連れて来るならやっぱり同じ顔でしょう。別に新しい人ではないでしょう。」「大違い、大違い、いままで来たことの無い人だから、別に案内状を送った方が良いだろうと言うのでその通りにしておいた。」女房は初めて少し笑顔となり「そのような新しい人が来れば、少しは面白いことがあるでしょうが、いつもいつも同じ昔話だから、繰り返して聞かされるのはもう降参ですよ。ですが、今夜の方は何処の何という夫人ですか。」

 「なんでも、先月頃、ボーテルの田舎から出て来たと言うことで、ラ・ヘイエー夫人とか聞いたが、ボーテルと言えばそれ、それ先年私が出張したことがある所だ。いま考えると確かにその辺りにヘイエー家と言うのがあった。その家の嫁に違いない。来たら色々と聞いてみよう。最近、夫に死に別れ、その遺産相続のことで、訴訟が起こって、この土地に出てきたと言うことで、丁度、裁判長の家の隣を借りて住んでいるそうだが、年はまだ若く、器量も良いので半年もこちらに住み、滞在している内には、必ずまた二度目の夫になりたいという紳士も出来るだろう。」

 女房も納得したようで、「ああ、分かりました。先日私が裁判長の家を尋ねた時、その様な話をしていました。きっとそれがヘイエー夫人と言うのでしょう。年はまだ二十歳ころのように見えるが、もう未亡人だとは可愛そうだと」

 「おお、その夫人だよ。本当の事を言うと二十日も前に招待するつもりでいたのだが、ちょうど、それ、仮面を被(かぶ)った囚人がペロームから送られて来て、その後はルーボア殿が、時間を決めずにその囚人の所に来るから、私も落ち着いていられず、そのためつい今日まで延びてしまった。」

 「本当に仮面を被った囚人がいるのですか。」ベスモーはたちまち声をひそめ「いるとも、いるとも、しかも鉄の仮面を被っているのさ、仮面と言えば仮面だが、なにしろ鉄の袋で首から上は包まれているような物だ。なんでも、よほど、重大な囚人と見えて、昨晩もルーボア殿が夜の十一時過ぎに来て、夜明けまでその囚人に何かを聞いていた。」

 女房はますます不思議に思い「へへい、どの様なことを聞くのでしょう。」「そんなことが分かるものか。その囚人に会うときは、俺でさえ遠ざけられるのだから、どんな話をするのか少しも分からない。ルーボア様が自分で囚人の部屋に入り、ただ二人で何事か聞いている。」「囚人と二人ではずいぶん危ない仕事ですね。」「なあに、囚人は何の武器も持っていないから、とうていルーボア様に敵対をすることなど出来はしない。」

 「食事も上等にしろとのルーボア様からの指図だからその通りにしているのだが、あれでみるとよほど大事な人、病気で死なれたりしたら大変だと思うのだろう。」「もしや、王族ででも有りませんか。」「まさか、その様なことはあるまい。」「でも、門番の話では、オリンプ夫人が毎晩のように門まで来て、なにか囚人に会わせてくれと言っているようですが。」

 「おや、そうか、それでは何とも分からないよ。しかし、いくら金をもらっても、門番にはそれは出来ないよ。門を開けてもあの囚人の部屋までは、中の門を五つもくぐり錠の下ろした戸ばかりでも、よほど沢山開けなければならないから。」と話に夢中になっていると、取り次ぎの声で「お客様がおいでになりました。」と告げたので、夫婦は急いで立って行って迎えると、年頃四十位の裁判長夫人に連れられて、こわごわ入って来た一人の女、これがヘイエー夫人とやら言う人らしい。

 衣服は田舎の作りで立派と言うほどではないが、年はまだ十九か二十歳くらいで、美しい笑顔の底に一種の悲しみを包んでいる様子は、どことなく哀れげで、やはりこの頃その夫を失った人かと思われた。

第39回終り

つづき第40回はここから

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