巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面51

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第四十二回

 バンダが返事に困っているのを判事夫人が見かねて、ある限りのお愛想を顔に浮かべて、ルーボアの前に出て「いやこの方はヘイエー夫人と言いまして、このほど地方から出て来ました私の知人です。どうかお見知り置き下さい。」と当りさわらず取りなすと、ルーボアはそのままで今度はベスモー所長に向かって「ではやはりその方も知っている人なのか?」と聞いた。

 なぜこの様にバンダの事を聞くのか、その心は分からなかったが、どちらにしろ又叱られる種だろうと思い、ベスモー所長は頭をかきながら「いや、私の知人ではありません。私はただ判事夫人を知っているだけです。実は判事夫人の隣に住んでいて、非常に親しくしているようなので、判事夫人を招くついでに招いた方が良いだろうと思いまして、いえ、もっとも貴方様がおい出と分かれば、決して招くつもりはありませんでした。」

 ルーボアは一層荒々しく怒こり出すかと思っていたら、以外にも調子を和らげ「いや、招いたのを叱りはしない。」と言い、再びバンダの方を向き、貴方はなかなかの美人です。きっと高貴な社会に出入りしても差しつかいない身分の出だと見ました。どれ、私も早く用事を済ませて来て、この席に一緒させてもらいましょう。これ所長、その用意をさせて置けと、うって替わって穏やかになった。

 さては、木石かと思われていた大政治家ルーボアが、バンダの器量の良さに目を止めたことは、疑いなかったので、所長は生き返った気持ちがして、ハッと平伏し「貴方様がこの席にご出席いただければ、ベスモー家の子孫までの栄誉です。」と言う。判事夫人もこの様子を見て急に肩身が広くなった気がして、小踊りして喜んだが、一人バンダだけはうれしいとも思わないのか、そのまま下を向いたままだった。

 「さ、所長、早く第二塔を見て来よう。」「すぐお供をします。」こう言ってルーボアは早くも所長を連れてここを立ち去った。所長の奥方はルーボアの剣幕に驚き、いつの間にか奥に引き下がっていたので、残ったのは判事夫人とバンダだけだった。判事夫人はあたかも喜びを申し上げるように、バンダに向かって「貴方は本当に幸せですよ。王国第一の政治家にこの様にやすやすと見初(みそめる)められるとは。」バンダは初めて夢から醒めたように頭を挙げて「え、私が」「はい、貴方はルーボア侯爵が貴方を見ていたときの目付きを見ませんでしたか。」

 「雌獅子にじゃれる獅子王の様でした。」バンダは力ない調子で「何だか恐ろしい眼が私のまぶたに輝いているようでした。私はもう蒸し殺されるような心持ちで、気持ちが悪くなりました。」「あれ、本当にもったいないことをおっしゃる。なに、あの様な恐い顔でも、女に向かってはそう恐いものではありませんよ。もし、この話が世間の人に聞こえたら、貴方は貴夫人全てから羨(うらやむ)まれますよ。今までルーボアにあれほど優しい言葉をかけられた夫人は貴方の他には有りません。、今にここに帰って来ますから分かりますが、ずっとあの方が優しくなって来ますからご覧なさい。」

 「おや、又ここに来ますか?」 「はい、そう言い置いて行かれたでは有りませんか。」色々言い聞かされている内バンダはようやく事の成行きを理解した。バンダの美しさが深く彼の心を動かしたのだ。アルモイス・モーリスの妻バンダがモーリスの仇敵とも言うべきルーボアに愛されようとようとしているのだ。もしも、バンダにバイシンほどの知恵と度胸があれば、ここが自分の大望の一歩をしるす階段と見て、大いに考えるところだが、バンダはただ一筋に思い詰めるだけの女なので、今はその様な考えを思い浮かべることも出来ず、再び彼ルーボアに声を掛けられるのが恐ろしく、ただ逃げだしたい一心だった。

 判事夫人はこの様な心境とも知らずに「今にご覧なさい、ルーボアが忍び忍びに貴方の所に遊びに来るようになりますから。」と言う。バンダはこの言葉を深くも聞かず、震える足を踏みしめて立ち上がり、「私は気分が悪くなりました。今夜はご免をこうむりまして、帰らせていただきます。」判事夫人はただびっくりして「え、なんとおっしゃるの貴方は、この大事なときに」

 「もう、一分もいられません。」「一時間か二時間です」「とおっしゃられても、その我慢が出来ません。」「でも、このままお帰りになっては、後で所長が何と言うか分かりません。」「所長ご夫妻には貴方から宜しくお断りお願いします。」「だって、ルーボア侯爵が来て、貴方がいなければどれだけ立腹されるか分かりませんそれこそ、所長が免職になります。」

 「あれ、もう気絶しそうです。早く出して下さらないと、私は倒れそうです。」本当にその顔色まで倒れるかと思われるほどだったので、もはや、留めるのも無理と見て、「では、仕方がありません、今に侯爵が帰って来ましたら、私がうまく取りなして置きましょう。ああ、貴方の従者は玄関で待っていますね。」と言い、非常に残念そうに送りだした。

 やがて玄関の所にくると、全くの僕(しもべ)になりすましたあのコフスキーが神妙に控えていて、そのまま連れ去ったが、この官邸の門外はそのままバスチューユの大庭で、遥か彼方の常夜灯の見える所がすなわち牢獄の入口で、闇の中でも高く雲を突いているのは、鉄仮面が捕らわれている、あの第二塔を初めとした監獄の建物だろう。

 昼でさえも薄暗いところなのに、夜はなおさらものすごくて、バンダはわき目も振らずに立ち去ろうとしたが、コフスキーは周りに人気の無いのを確認して、バンダを引き留め「お待ちなさい」とささやいた。

つづき第43回はここから

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