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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面59

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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             第五十回               

 1673年9月30日の夜、これは鉄仮面がバスチューユの第二塔を破って出ると約束した日だ。この夜は夕方から降っていた雨も風と変わり、木の葉を鳴らして騒がしく、空には切れ切れになって流れる横雲で、幕を張ったように暗く牢破りには丁度良い天気だった。彼は約束した通り、今晩までに窓の鉄棒を三本外したと見えて、夜の一時頃、高さ70メートルと言われる天辺の窓からそろりそろりとぶら下がった。

 これを知り驚いたのはただその下を寝ぐらとする、一群れの鳥だけだった。番人も知らず、所長もまた知らなかった。彼の体が空中でぐるぐると回るのは、肉の重みで縄のよりが戻る為だろうか。しかし縄は切れもせず、彼も落ちもせず、彼は回りながら縄の一節一節を持ち変えて、一段一段下ってきた。縄は絹糸を合わせた物で細引きの綱よりも、もっと細かったので、彼の手に食い入ってどんなにか痛かっただろうと思われるが、彼がもしその手を放したら70メートルの大地に落ち、体は粉々になってしまうだろう。

 彼は多分、痛さに歯を食いしばって我慢し、下りているのだろう。しかし、彼の顔は鉄の面に包まれているので、見る方法はない。オービリヤかモーリスか、彼はなんと大胆で、又なんと我慢強いのだろう。彼の腰に挟んであるのは非常に重そうな、長さ一メートルもありそうな鉄の棒だった。彼は窓から外した鉄の棒を、まさかの時の用意に重さも構わず、腰に付けてきたのだろう。さすがは騎士の心構えと言うべきだろう。

 鉄棒を挟んだ腰の帯は、布を裂いて作った縄のようだった。彼は下り始めてから約一時間ほどでやっと地上に降り立った。苦しさがよほどだったらしく、彼は気が抜けたように大地にどうと腰を下ろし、大きな息を二、三度ほっと吐き、両方の手をもみながら「ああ痛かった。まるでちぎれるようだった。もし、番人に見られたら再びこの縄をよじ登るつもりでいたが、とてもとても出来そうもなかった。

 「ああ下りるのにさえ、こんなに骨が折れる。半分も、その半分も登れるものではない。」とつぶやき、更に鉄の頭を左右に振って「ああ、どうにかしてこの仮面を外さなければ、世間に出たところでどうしようもない。ええ、残酷なことをしやがる。いや、これもどうにかして外す方法があるだろう。それよりもこの構内から外に出るのが肝腎だ。堀は深いし、塀は高い。何でも所長の官邸の後ろに回り、その庭を通って大庭に出る見当を付けたが、それまでに番兵に気ずかれたら大変だ。

 奴らは鉄砲を持っていて、一人が声をたてると五十人の一組がすぐ出て来るから、その用意にと鉄の棒を持って来たが、鉄砲に向かっては何の役にもたたない。やはり番兵に気付かれないように、こっそり出る外はない。そう言っている内に、この辺に番兵がやって来る頃だ。先日から気をつけて見ていたが、雨の降る日は大抵物見箱の中に入っていて、なかなか出てこないが、あいにく今夜は雨が止んでしまった。今まで回って来ないのが不思議な位だ。どれ、考えていても仕方が無い。乗るかそるかだ、行って見よう。」

 一人で問い一人で答えて立ち上がり、第二塔と内堀の間の少しの空き地をたどりながら、彼は塔にぴたりとくっつきながら、忍び足で所長の官邸の方に行こうとし、すぐに塔の角の所に来たので、首だけ出してうかがうと、三人一組の番兵が丁度物見箱から出てこちらに歩いて来るところだった。彼は鉄の首を早くも縮め、「仕方が無い、仕方が無い。内堀と外堀を渡る以外にない。ここまで来たら何だって構うものか。」と言い、彼は元の堀の所に戻って来た。

 縄ばしごの端を持ち、斜めに二、三度振り動かして波をうたせると、縄ばしごの上の端に付いている鉄のかぎはたやすく外れて、ひらりと落ちて来た。これらはオリンプ夫人とバイシンの注文で、上手な職人に作らせた物だけに、非常に良く出来ていた。物に掛けて下りる時には人の重さで、簡単には外れないようになっているが、人の重みが無くなると、ただ振るだけで外れるように出来ていた。

 彼はこのかぎをを取り上げて「よし」とつぶやき、今度はこれを内堀の岸に掛け、堀の中へと下りて行った。塔から下りたことを思えば、非常に簡単な事で、ちょつとの間にするすると下りてしまった。
 そもそもバスチューユの内堀と言うのは、何百年来、掃除をした事がない大どぶで、ゴミも塵も皆ここへ投げ込むので、その底は次第に浅くなり、日照り続きの時などは、水が涸(か)れ尽くすほどで、上手下手ともに外堀に通じ、外堀から瀬音のする川につながっているので、雨が多いときは大川と共に水かさが増し、人の背丈が立たないほどに深くなることもある。今夜はそれほどではないが、かなりの水で鉄仮面の腰から上に届くほどだった。

 彼は第一番に縄はしごを外し、これを手に持ったまま、体を水の中に沈め、首だけだして番兵の来るのを伺っていると、番兵は外の方に回ったのか、来る様子も見えなかったので、彼は安心したように、また立って堀を渡り、外堀と内堀の境目の石の塀の所までやって来た。
 
 この塀は厚さ1・2メートルほどでその上は平らな小道になっており、時々番人らの行き交う所なので、ここを越えるのが一番難しいところだ。高さは底から20メートル位あり、縄はしごを投げ掛ける所もない。だからといって、梯子もなくて直立する塀をよじ登ることは、とうてい出来ないので、ただ上手にある水門をくぐる以外はないと、鉄仮面は少しの間に決意して、塀の根本に沿って上手の方へ上って行くと、水は段々深くなり、水門の所に行くとほとんど胸の当りまであった。

 しかし、幸いなことに流れは非常に緩やかだったので、押し流される心配はなく、潜っていられないこともなかった。体を屈(かがめる)めて水門の様子を見ると、互い違いに石を重ね、その間から水を流す仕組みになっていたので、その内の石を五、六個取り除かなければ、ここは潜れなかった。彼はしばらくの間、どうしたら良いか考えていたが、やがて決心したらしく、彼の鉄棒を石の間にいれて、必死の力で動かし始めた。

つづき第51回はここから

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