巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面63

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.27

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              第五十四回

 男泣きに泣き叫ぶのを聞いて、オリンプ夫人はこの時までただヒリップだとばかり思い詰めていたが、初めてこの男がヒリップではないことに気が付いた。夫人は魂も消える様な声で「ええ、この人は、この人は、これ、バイシン、この人はヒリップではない。あの嫌らしい荒武者だ。」と言い、すぐに突き退け自分も三歩、四歩後ずさりした。全く夫人の言う通りヒリップと思っていたあの牢破りは、前に夫人の奴隷になったあの荒武者のアイスネーだった。

 夫人は身を引きながらもまだ怒りの声荒く「この悪人め、この横着者め、お前はな、お前はな」アイスネーは何の事なのか理解が出来ないらしく「はい、私です。男爵アイスネーです。貴方に救って頂いた有難さに一生御恩を忘れません」「一生恩を忘れない、この馬鹿者め、たわけめ、これ、何を言う」「はい、貴方様が、縄ばしごを送って下さらなかったら、どうして私が出られましょう。この御恩を忘れて済みましょうか。」

 夫人は悔しさに我を忘れ、知らず知らずにつかつかとまたも彼の前に進みより「お前の様な馬鹿者を助けるため、あの縄ばしごを送ったとでも思うのか。お前の為に誰がそれほどの心配をすると言うのか。良くものを考えて見なさい。この馬鹿者め」と言って、自分から彼の顔を殴ろうとするように、こぶしを握りしめて、彼の目の前で振り回した。この様なはしたない行為も、今までヒリップに会えるとばかり思っていたのに、意外な人を見た腹だちに比べたら、無理もないことだった。

 アイスネーは更に説明して「いや、何のお腹立ちかは分かりませんが、でも牢番は私の耳に口寄せて、オリンプ夫人がこれをよこしたと言いましたが」夫人は泣き叫びそうになって、「ええ、情けない、牢番がだましたのか。これ、バイシン、あの牢番達は褒美の金が欲しいばかりに、このオリンプをだましたのだ。」バイシンは冷静に「いや、だます気でだましたのではないでしょう。必ず何かの間違いでしょう。」

 夫人はこの言を耳にもいれず「これ、悪人、ヒリップは何処にいる。今何処で何をしている。」「私がどうしてそれを知っているでしょうか。」「何、それを知らない。こちらからヒリップに宛ててやった縄ばしごを盗んで置きながら、知らないはずはない。」「いや、全く存じません。」「お前はフィリップを殺したのだ。そうだ、そうだ、そうして縄ばしごを盗み逃げだしたのだ。それとも、ヒリップが生きていれば、ちょうど今ごろは、逃げる道具を盗まれて、絶望していることだろう。さあ、言え、ありのままに白状しなさい、言わなければすぐに牢番に引渡し、再びバスチューユに投げ込むぞ、これ、言わないか、白状しないか」一言一言厳しく彼の方に詰めよるので、彼アイスネーはここに来てやっと心も確かになったのか、驚いて一層真面目になり「これは理解の出来ないお尋ねです。

 たとえ、再びバスチューユに投げ込まれようが、全く私は存じません。」「ええ、まだ人をだます気か」と飛びかかるばかりの剣幕になったのを、バイシンは見かねて、側からこれを押しとどめ「いや、夫人、これには必ず訳が有ります。アイスネーが悪いのでは無いでしょう。そうお腹だちにならずに、良く聞けば又どんな事が分かるか知れません。」「だって、バイシン、これが怒らずにいられようか。」

 「いえ、私にお任せなさい。私が何もかも聞き糺(ただ)しますから、と言ってここで聞いてはいられません。この通り夜も明けますから、今にも番兵がそれと知って、もしここに追いかけて来て、我々がアイスネーと一緒に居るところを見られては、何もかもおしまいになります。何よりも早くここを立ち去りましょう。」

 「立ち去って何処に行く。」「取りあえずお屋敷に」「そなたはまあ何を言う、この様な悪人を連れて屋敷に帰られるか。聞くならここで聞くがよい。そうでなければ私から番兵に引き渡す。」と言って夫人の怒りはなかなか治まりそうもなかったので、バイシンも仕方がなく、「ではまずここで聞きましょう。」と言い、アイスネーを馬車の後ろに連れて行くと、彼は段々と夢からさめるように、前後の様子が分かるに従い、いよいよその眉(まゆ)を曇らせるばかりだった。

 やがて、バイシンは彼に向い「一体、貴方は鉄仮面を、かぶされていたのですか。」「どうしてそれを疑うのですか。」「貴方の顔にそれが有りませんから。」アイスネーは水門をくぐった事から、いつの間にか鉄仮面が無くなっていたことを手短に話すと、バイシンは「ああ、それは私達の友人が貴方を堀から救い上げて、鉄仮面をはぎ取ったのです。そうして、人違いだと知ったからそのまま捨てて置いたのでしょう。」と言い更に又聞いて「貴方は、何時何処で捕まったのですか。」

 「はい、あのペロームで捕まりました。夫人がブリュッセルの近辺で馬車の損傷を直している時、ご存じの通り私は貴方と夫人の指図に従い、一足先にペロームを指して引き返しましたが、魔が淵の近辺を調べてみると、何だか伏兵でも置いて、決死隊を捕らえたのかと疑われるようなところが有ったので、これはどちらにしろ、守備隊を調べるのが第一だと思い、事によると守備隊に、何人か生け捕られているかも知れないと思い、守備隊の周囲を見ましたが忍び込めそうな所も有りません。そのうち堀の一方の隅に行くと軍曹の様な者が魚を釣りながら漁師風の男としきりに魔が淵の話をしているのです。

 これは何より耳寄りな話しだと木陰に隠れて聞いていると、その漁師が怪しい奴で、多分、決死隊の一人が生き残って漁師に成りすまし、私と同じように様子を探っているのだと思いました。そのうち、その漁師は軍曹にそれと見破られたと思ったのか、きゃつはやにわに軍曹を堀の中にけ落として立ち去りました。

 私はいよいよその漁師を決死隊の奴だと思いましたが、余りの手際の良さに愉快がって居て、その男が立ち去った後へ行って、いい気味だと言いながら堀の面を見ていると、どうでしょう、投げ込まれた軍曹と言うのがにょきっと水面に浮かんで来ました。え、どうでしょう、きゃつめ、まだ死にきってはいなかったのです。」と言いかけて、自分の話をバイシンがどんな風に受け取っているかを気づかうように彼はバイシンの顔をながめた。

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