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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面69

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.28

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              第六十回

 今までにも失望したことは何度もあったが、これほど失望したことはなかった。鉄仮面がバスチューユから連れ去られたと言うことは、他の牢へ移されたと言うことなので、それを捜し出すことは思いも寄らないことだった。到るところの砦に牢があって、秘密の国事犯を隠して置き、その名前、その数さえ決して世間に知らせない時代の事なので、バスチューユから連れ去られることは、この世から連れ去られることと同じなのだ。

 今までにもこの様なことは何度もあって、政府が隠した囚人をその親戚や友人達が捜し出そうとした事は多かったが、捜し当てたことは皆無であった。初めからこの事が恐ろしかったからこそ、コフスキーをペロームの砦に付ききりにして、鉄仮面が何時、何処に送られるかを見はらせて置き、ようやくにしてバスチューユに送られることを突き止めることができたのに、今又不意に他の牢に送られてしまったとは、全く望みの綱を絶たれてしまった。

 どの様にしてその行方を捜し、どの様にして救いだしたらよいのだろうか。コフスキーもバンダもがっかりして、首をうなだれるばかりだったが、ただ、バイシンはせめてその時の様子だけでも聞こうと、アイスネーに向かって「その鉄仮面が他の牢に移されたと、どうして貴方に分かったのですか。」と言った。

 「送られる所を見たのです。実は、日曜の日に、私は牢を破るための道具を受け取って、すぐにその夜から窓の鉄棒を外そうと、取り掛かりました。次の月曜の夜も夕飯が済みまして、これでもう所長も回ってこないから安心して働けると思い、そろりそろりと仕事を始めると、夜の十一時と思われる頃、大勢で第二塔に上がって来る足音がするのです。はてな、俺のやっていることがばれたのかと、私はあわててその道具をベッドの下に隠し、寝た振りをしていました。すると足音はだんだん近くなり、私の部屋の前まで来ましたが、私の部屋には入らず、もう一人の鉄仮面のいる部屋に行くようでした。

 私は目を開いてそっと見ると、所長と副所長の両人が先頭に立ち、その後から二人の番人が胴丸駕籠(護送用の駕籠)を担いでついています。その番人と言うのが一度見た事のある奴で、その前の日曜に鉄仮面を説教室に連れて行った男です。時々私の部屋の前を通るので顔も姿も見て知っているのです。それにその胴丸駕籠と言うのが、私がペロームからバスチューユに移されたとき乗せられた物と同じような物でしたから、さては、鉄仮面が他の牢に移されるのかと、こう思っているうち、果してその部屋で騒がしい物音が始まりました。

 何でも鉄仮面が素直に従わないのを、無理に胴丸駕籠(かご)に乗せようとしているのだなと思われました。「ですが、貴方の部屋とその鉄仮面の部屋は互いに物音が聞こえるほど近いのですか。」「はい、私の部屋から一部屋間にいれた二部屋目の向かいの部屋だと思われます。多分少し離れた筋向いになっているのでしょう。普通の声は聞こえませんが、大きな物音は聞こえます。その夜鉄仮面が罵(ののし)った声などはかなりハッキリと聞こえました。」

 鉄仮面の声が聞こえたとはその正体を見破るための情報なので、バンダもコフスキーも同じように首を延ばしたが、バイシンも同じ気持ちと見え「へへえ、その声は何と聞こえました。」「十分には分かりません。ルーボア、ルーボアと言う声が二、三度聞こえ、最後には何処の牢に送られても、時さえ来れば破って出るから、その節は鉄仮面を脱いで礼に行くとルーボアに伝えてくれと、何でもこの様なことを言いました。」

 バンダは夫モーリスの勇ましい言葉を聞く様な思いで、「ええっ、そんなことを言いましたか。それではもう、モーリスに決まった。」コフスキーも側から「ああ、オービリヤにそんな勇ましい言葉は出ない。」とつぶやいた。アイスネーはこの言葉の心を悟ったように「左様です。私はかねてからナアローの話に、ヒリップを初め、その他の者に鉄の仮面をかぶせると聞いて居ましたから、初めて鉄仮面の囚人を見たときはオービリヤことヒリップだろうと思いましたが、日頃、極静かに控えている勇気と言い、その罵(ののし)った語気などでオービリヤではあるまいと思います。」

 「貴方はアルモイス・モーリスの声を知っているでしょうが、その声ではありませんでしたか?」「モーリスとはあの決死隊の隊長キツヘンブッチの事ですか?」「そうです。貴方と居酒屋で決闘したと言うその騎士です。」アイスネーは頭を傾け「そうですね。あるいは彼かも知れませんが、彼の声も確実には覚えて居ませんから、言い切る事は出来ません。」「それからどうしました。」「その内に口に蓋をされたらしく、一言も言わなくなりました。何しろ鉄仮面の作りは良くできていて、蓋をすると裏に指の様な棒が二本あってそれがぴったり唇をつかみ、少しも物を言うことが出来ないように上下の唇を閉じ合わせます。」

 コフスキーもすでに自らアイスネーの鉄仮面をかぶり、試したと見えて「そうですね。唇の上下を強く押し付け、唇が少し前に突き出されるように成ったところを、上下から挟むのですから、あれでは言葉が出せないばかりか、長く蓋をしておくと唇が傷つきます。」と言う。バイシンはこれに構わず「それから、その鉄仮面はどうしました?」

 「しばらくすると胴丸駕籠に乗せられて私の部屋の前を通り、下に下ろされました。もう邪魔をする者は居ないだろうと私は再び窓の仕事にかかりましたが、まもなく裏門の戸が開き、堀に釣橋を繰り出して、騎兵が三人ほど護衛し、胴丸駕籠のまま、鉄仮面を何処かに送って行きました。はい、私の見たのはこれだけですが、とにかく、鉄仮面がバスチューユに居ないことは確かです。

 その翌日、すなわち昨日は所長が見回りに来ても、第二塔には私一人ですから、私の部屋から先には行きません。それに食物も第二塔に持って来るのはただ私の一人前だけです。」バイシンは聞き終わって吐息を吐き「そうしてみると、極極の秘密を守るために、夜更けてからそっと何処かに送ったのですね。」バンダは心配に耐えられず「どうしてもその行き先は分からないでしょうか。」

 アイスネーはこれに答えるように「分からないように、夜更けてから送るのですから到底知りようがありません。」と言い、バイシンは考えながら「実際の事を言えば、その胴丸駕籠を担いで行った人足に聞けばいくらか分かるはずですが、人足と言うのがすなわち牢番で、鉄仮面と一緒に他の牢に転任してしまい、バスチューユに決して帰らないので、仕方がありません。」

  コフ;「と言って、このまま、鉄仮面の行方を捜さない訳には行きません。十年でも二十年でも、我々の命のある内は捜しましょう。」 バンダ;「何かよい工夫はありませんか。」 バイ;「こうなればただ一つあります。ずいぶん難しい方法ですけれど」と言いながらバンダの顔を見ると、バンダはその方法を聞こうとするように前に進み出て、「どの様な方法ですか? どうせ難しいのは覚悟ですから、決して私は躊躇しません。」

 「貴方がそれを嫌だと言わないなら言いましょう。他でもない、ただルーボアと親しくなり、彼の口から言わせるか、彼の手帳を盗みだすか、ただこれだけです。」バンダはギョッとして、身を引いたが、やがて決心したような面もちで、「では、詳しく貴方の指図を受け、出来るだけやってみましょう。」と答えた。実にバンダはアイスネーの言葉を聞き、ますます鉄仮面がモーリスであることを確信したために、今は何事も恐れない決心をしたのだ。

つづき第61回はここから

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