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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面79

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.30

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              第七十回

 どんなに執念深いルーボアでも、自分の命を絶とうとする懐剣が出てきたのを見ては迷いの夢も覚めざるを得なかった。彼は余りの事にどうしたらよいか、心も簡単には決まらず、懐剣とバンダの顔を見比べているだけだったので、ナアローは益々これに付け込んで、その毒々しい舌を使って「この女には今も言った通り、コフスキーの他にも、もっと恐ろしい後押しが付いています。」

 ルーボアは独りごとを言うように「後押しとはオリンプ夫人だろう。」「夫人もその一人ですが、夫人よりなお恐ろるべきは、夫人の側女を勤めていたバイシンと言う女です。先日それとなく宮廷から退けた御者アントインと言う者の妻で、女でこそありますが男より恐るべき者です。これらの奴らが皆この女に力を合わせ、熱心に秘密運動をしておりますから、許して置けばどの様なことをするか分かりません。

 彼らの力は実に驚くべきほどのものがあります。特にバイシンと言う女は毒薬学者エキジリの一の弟子ですから、永くはこの世に置けない悪女です。今までにも捕らえたいと思う事は何度もありましたが、ただその機会がが無くて伸び伸びになっていましたが、今度こそは、このバンダもろともに色々な証拠がありますから、彼らを一網打尽にします。

 既に先日、アイスネーがバスチューユを抜け出したのも、このバンダを初めとするバイシンおよびオリンプ夫人らの仕業です。事によると、あのアイスネーまで今はこの者等に心を寄せ、バイシンかオリンプ夫人の家に潜んでいるのではないかと思われます。」と輪に輪を掛けて述べ立てるので、ルーボアの顔は一言一言に益々真面目さが戻り、今はその眉の間に深い八の字を現して「ふむ、その様な事柄に証拠があるか。やはりそれも黒い頭巾を被った乞食の言った事ではないのか。」

 「はい、乞食の言い分も少しは入っていますが、大部分はそれを手はじめに、私が探り上げた事です。」「証拠は、証拠は?」「はい、証拠の最も手近かな物は、アイスネーの被っていた鉄仮面が、このヘイエー夫人と自称するバンダの家から出てきた事で分かります。

 私は先ほど、この女が貴方の召しに応じ、コフスキーを供に連れてその住居を出るとすぐに、その留守に入り込んで、驚く下女を叱りつけ、家捜しをしたところ、押入から一番型の鉄仮面が出てきました。アイスネーに付けて置いた物以外に鉄仮面は紛失してはおりません。これでもまだ疑いますか?」

 ここまで聞いてもちろん疑うところはなかったが、ルーボアはまだ愛の夢を破られたことに腹だっているように、非常に不機嫌な様子で「貴様は誰の命令でその様な家捜しをしたのだ。」

 ナアローは呆れたようにルーボアの顔を見て「もちろん、貴方の命令です。決死隊の探偵方一切を私にお任せなさった、貴方の命令はまだお取り消しにはなっておりません。今日限り取り消すとおっしゃれば別ですが、今までの私のやった事は皆、貴方の考えを奉じているのです。誰の命令などと今更聞き返すことがありますか。」

 ルーボアが正気に返ったと見るに連れ、ナアローの語気は益々強くなり、彼はルーボアが返事する前に更に説き進め「貴方ははじめから決死隊を探偵した大事な目的を忘れたのですか。秘密の手箱を取り出し、その連判状をはじめとして、コンド公爵、チュウリン公爵とアルモイス・モーリスの間に往復したその手紙などを手にいれて、両公爵の罪状を証拠だてなければ、フランスの宮廷が危ないとおっしゃったではありませんか。

 両公爵を罪に落とさなければ、貴方自身が宮廷から追い出されるかも知れないと気遣い、そのために、その調査を私に任せたではありませんか?

 あれほどに手を尽くしても、何処にその秘密の手箱を隠しているのか分からないため、貴方も私も気を揉んでいるのではありませんか。秘密の手箱を預かっていたのは誰ですか? このバンダでは有りませんか。今でもこの女を取り調べれば必ずその手箱の在処は分かり、貴方の目的は達せられるでしょう。

 この女に鉄仮面をかぶせゆっくり苦しめれば、女では有ることですし、十分何もかも知っていることですから、箱の在処を白状するばかりか、モーリスが両公爵から命令を受けた事まで白状することでしょう。私の考えではこの女が魔が淵で生き返り、第一にブリュッセル府に引き返し、その手箱を取り出して、その上でここに来たのだと思います。

 既に手箱を隠してあると思われるブリュセルの教会でこの女を見たと言う報告まで私の手に入っています。それですから今のところであの手箱は必ずこの女と一緒にパリに来て、パリの何処かに隠してあります。それを知っているのはただこの女一人だけですのに、日頃、しっかりしている貴方にも似ず、この女の器量好しに迷い、私の言うことが分からないとは、魔が差したと言うのか、これほど情けないことは有りません。

 貴方はもうあの秘密の手箱はいりませんか。この女を取り調べる必要は有りませんか。それほどならば早速、鉄仮面も釈放なさい。この事件は今日限りきっぱりと捨ててしまいなさい。そうして、今後は、両公爵の一呼吸、一呼吸にビクビクしているのが好いでしょう。」と強い言葉で言い争った。

 もしバンダがこれらの言葉を聞いていたなら、セント・ヨハネの教会に隠したあの手箱はまだ黒頭巾の手にも入らず、何処かに無事であることを知っただろう。さては彼が堀去ったのではないかと見ていたのに、そうではなかったのかと大いに不思議に思うことだろうが、バンダはまだ気を失って死人の様に横たわっているだけだった。

 ルーボアはここまで聞いていて心の中で何度も愛と怒りと戦っていた様子だったが、ついに、怒りの一念が勝ったらしく、日頃のすさまじい顔に戻り、すくっと立ち上がり「よし、この女をきちんと調べよ。俺も好く考えて置く。」と言い先に締めて置いたドアを押し開き荒々しく出て行った。

 後にナアローは死体の様に横たわったバンダを抱き上げ、これを自分の馬車に乗せ、これも何処かに立ち去ったが、これから何時間か後でバンダが我に返った時には、牢と思われる薄暗い部屋のなかに自分が寝かされているのに気が付いた。なお辺りを見回すと、部屋の中に自分と同じく閉じ込められているもう一人の者がいた。コフスキーかと見るとコフスキーではなくあの恐ろしい黒頭巾の怪物だった。

つづきはここから

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