巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面8

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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            第三回             

 荒武者は新聞を畳んでポケットに入れると、毒々しい笑いを浮かべて、「サア、こうして肌につけたからには、もう俺を殺さなければ取り返す方法はないぞ。何でお前さんがそんなに読みたがるのかは分からないが、取れるものならそーれ腕ずくで取って見ろ」。

 モーリスは苛立っているにもかかわらず、強いて我が心を落ち着けようと、先ず、バンダ嬢に向かって、「バンダ、外から人が入らぬように入り口の戸を閉めておけ。」と言った。バンダは今までよりも一層青くなり、諦めるような目つきでモーリスの顔を見たが、もう後には引けない状態なので、今更止める様子はない。それで言葉に従って戸を閉めた。

 この時もう一同の客は皆外に出ていて、残るは荒武者の連れの小紳士と、我が婚約者バンダの二人だけになっていたので、モーリスはほかに気を使うものが無くなったから、腰の剣を抜いて、その剣先を自分の靴先に当てて準備した。

 荒武者は少しも慌てず、第一番目に上着を脱ぎ、次に皮の手袋を外し、更に、万が一、つまずいて不利になってはいけないと、靴に付いている拍車をはずし、目をふさいではいけないと、縁の広い帽子も脱ぎ捨てた。このようにゆっくりと準備して、少しも慌てないのは、何度もこのような場面に出くわしたことがあり、腕に自信の有る者であることが分かる。

 それから彼は1.5mも有るフランベルジーンを事も無げに抜き放って、りゅうりゅうと三、四度空を切って振り回し、四股を踏み固めて、厳然と身を構え「サア、若造、どこからでも掛かって来い。剣を持ったまま、この庭で踊らせてやる。」と言うその様子は、果たせるかな一分の隙もない恐ろしい剣客であった。

 この用意を見て、連れの小紳士は「面白い、面白い、」と叫びながら手を打って壁の側のテーブルの上に登り、バンダ嬢は又、生きた心地もせずに台の陰に身をかがめ、恐ろしさに瞬きさえも出来なかった。                                             

 そこでモーリスはどこから打ち込もうかと敵の様子を見ていたが、この時はっと疑念が思い浮かんだ。もしやこの男は、あの憎むべき警視総監ルーボアが我を殺そうとして、フランスから送り込んだ刺客ではないのかと。この男が新聞を横取りしたことと言い、恨みでもあるように我を辱めたことと言い、偶然とは思われない。

 私はまだ年が若くて経験不足なので、このようなことに気づくのが遅かった。一時の怒りにこのような喧嘩を引き起こしたのは、彼のはかりごとに落ちてしまったのだ。日頃から大将軍が私に血気にはやるなと戒めていたのはこのことだったのだと、今更ながら悔しさに歯をかんだがすでに遅かった。

 この荒武者はこの様子を見て、「ハハハ、己から身構えたのに、切り込んでくる暇がないのか。待ってくれなら、待ってくれと言え。」何をこしゃくな、もう一度モーリスは剣を取り直し、一足下がって身構えながらもまだ疑いは晴れず、「俺が今殺されて事が失敗するのは残念だが、一味の名前だけはルーボアにも分からないから、それだけは安心だ。」やっと諦めて心を鎮め、いよいよ立ち会いを始めようとした。

 そもそも、この時代の決闘は、今の決闘と違い、敵が死ぬか、自分が死ぬかの命のやり取りで、今の決闘のように、先ず武器の長短を測り、二人の介添え人を決め、前もって場所と時間を約束し、争いのほとぼりの冷めた頃に戦うというものではなかった。めいめい、腰に一刀をたばさむだけで、自分の刀が自分の武器なのだ。敵の刀が長ければ自分の損と諦め、腹が立てばその場所が決闘場になり、その瞬間が命の捨て場なのだ。

 だが、今のモーリスの剣は、あのフランベルジーンより確かに21cmも短いのだ。その上、世を忍ぶ身なので、なるべく目立たないように身づくろいをしていたので、剣のつばも小さく、自分のこぶしを守るのにさえ間に合わない状態だ。その着ているものも、荒武者の方は、皮のチョッキを着るなど、戦場に出るような準備をしているが、モーリスの方は、チョッキは柔らかな絹ラシャだ。背丈の方も、モーリスの方が10cmも低い。このようなところを見比べるとモーリスが四分ほど不利で、敵の方が六分ほど有利だと思われる。

 非常に困難な勝負だが、モーリスはこれに気づかないような顔をして、ひと思いに突き殺さんばかりの剣幕で、敵の目をにらみながら、膝を折り、腰を落として、下から低く敵を狙い、敵はまた、背の高さだけ十分に体を反らし、頭は後ろに引き、両方の手は前に差しのばして、剣先をモーリスの目に付けた。

 敵の連れの小紳士は丁度モーリスの真後ろに当たり、バンダは敵の後ろになったので、その剣先が最も危ない所に向かっているのが気味が悪いほど良く分かった。

 最初に一撃、剣と剣を打ち合わせた後、しばらくは声もなく、動きもせずに互いに呼吸を測っていたが、モーリスは「ヤッ」と声をかけて一突きし、更に剣を引く間も見せずに二の突きをしたが、相手は泰然として払いのけ、足も引かずに落ち着いているのは、まるで岩石かと思うほどだった。

 この様子を見ると、敵は先ず適当にモーリスをあしらい、怒らせて疲れさせる計略だと思われる。モーリスもこれに気が付き、疲れるまで戦うのは我が利にあらず、今の内に一思いに片付けようと、十分ねらいを定めて又も鋭く突き出した。

 これから、20分の間は、上と見せて下を突き、下と見せては上を襲い、たちまち胸、たちまち顔と、雨あられのように、モーリスの持っている細い剣は、ある時は空を切ってヒュウヒュウと鳴り響き、ある時は縄のごとくに敵の剣にからみつくが、何しろ名にしおうフランベルジーンは、一度も動くことなくモーリスの目の下を狙い、離れない。

 モーリスの焦る心を見抜いてか、又もあざけり「ホホー、まるで鍛冶屋が鉄板でも延ばすように打ってくるなー。俺の剣を金床と間違えてはいけないぜ。」「おのれ何を、これでもかー」と言いながら、更に又剣を突き出すと、今まで蓄えた必死の一手だったので、見事、荒武者の脾臓を貫いたかと思ったが、わずかに剣が短かったため届かず、払われてしまった。

 「オオ、今のはうまい、相手が俺以外の者なら見事やられていたところだ。」と半ば誉め、半ば誇りつつ、もはや自分から打ち出ても良い時だと思ったのか、自分の言葉が途切れない内に、一突き、モーリスの眉間を突くその剣の早いこと、稲妻のようだったが、モーリスは危うく横に返した。

 自分の一突きをはずされたのが、意外だったらしく、「フム、感心にも良くはずした。お前もそんなに下手なな訳ではないが、悲しいことには師匠に習った剣術で、俺のように敵に習った剣術ではないから、もう勝負は俺のものだ。エ、どうだ、お前の額の汗は、雪が降るのに、湯気が出ている。」

 まさに、この言葉通りだった。モーリスは最初こそ、怒るまいと努めたが、今は、目が血走って、汗はだらだらと顔中流れ始めた。


第3回終わり

つぎ第四回はここから

  

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