aamujyou17
噫無情(ああむじょう) (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
ビクトル・ユーゴ― 作 黒岩涙香 翻訳 トシ 口語訳
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噫無情 仏国 ユゴー先生作 日本 涙香小史 訳
十七 死んでも此の御恩は
実に何と言う大力だろう。到底動かないだろうと思われた重い馬車を、背(せな)の力で起こし上げた。通例の人なら背骨が砕けてしまうのだ。
蛇兵太が、ツーロンの獄で見たと言う、その囚人ほど強い人が、ここにも一人有ったのだ。
けれど之が斑井父老の最後の力で有った。彼は馬車を一尺ほど起こしたまま、その下で叫んだ。
「サア早く、早く。」
と、之は圧せられて居る星部父老に早く這って出でよと促すのだろう。その声は実に有らん限りのせつなさを集めた様に聞こえた。
若し此のままで、一分間何も手助けせずに居たならなら、斑井父老の力は尽き、星部父老と共に再び馬車の下に成って、死の運命を共にしたのだろう。真に危急とは此の事である。併し見て居る人々が直ぐに馳せ寄った。もう是れだけ馬車が上がったのだから、後は一同の力で引き起こす事が出来ると思ったのだ。
そうして幾十の手でその馬車を引き起こした。全く斑井父老一人の熱意が多勢の力を呼び起こしたと言う者だ。
馬車の下から出た時の斑井父老の顔は、火の燃えて居る様で有った。満面に汗が流れて、着物は割け、身体は泥まみれで有る。此の様な事が他人に出来るだろうか。
自分の一身を打ち忘れて、人を打ち忘れて人の命を助けたのだ。彼は先ず蛇兵太の顔を見た。蛇兵太の眼は猶(なお)も彼に注いで居る。彼は次に一同の顔を見た。彼は恐れる色も誇る色も無い。唯だ星部老人を助け得て安心した様子である。直ぐに星部老人は彼の膝に縋(すが)り、
「お陰で助かりました。貴方は命の親です。神様です。」
と言って感涙して恩を謝した。けれど星部老人は膝の骨が砕けて居た。
直ぐに斑井父老は、人をして星部老人を、自分の建てた病院へ擔(かつ)ぎ込ませた。翌日此の老人が目を覚まして見ると、枕辺に千法(フラン)の金と一通の書付が有った。書付けには、
「此の金は貴殿の馬車と馬とを買い取った代金にて候。」
と斑井父老の筆跡で記して居(い)る。アア何と言う行き届いた仕方だろう。馬は死に、馬車は砕けて何の役にも立たないのに。こうまで深い情けを受けて、誰でも恩義を感ぜずに居られようか。
幾日の後、老人は病院を出たけれど、跛足(ちんば)と為ってしまった。斑井父老は猶も心配し、種々の伝手(つて)を求めて、終に此の老人を、巴里の或尼寺の庭番に住み込ませて遣(や)った。
「死んでも此の御恩は忘れません。」
と老人が繰り返して謝したのは無理も無い。
此の後、間も無くである。斑井父老が此の市の市長に挙げられたのは。全く積り積もった徳望が自ずからその身を推し上げたと言うものだ。けれど、独り蛇兵太のみは驚いた。彼は宛(あたか)も番犬が、狼を主人と戴かなければ成らない場合に迫(せ)まられた様な心持がしたのだろう。
之よりは、成る丈市長に接近する事を避けた。職務の上で止むを得ず市長の前に出る時は、非常に丁重に口を利いた。余計な言葉など交わすのを恐れたのだ。
市長と為って後の斑井父老の功績は、一々記し切れぬ。此のモントリウルの地を繁昌の上にも繁昌させた。その一例を言えば、是まで此の土地は、政府が租税を取り立てるのに、最も骨の折れる所で有ったが、数年の中に収税費が他の土地の三分の一で足る事に成った。
其の頃の人は誰でも、善政の実例として、此の土地を上げた。就中(なかんず)く時の大蔵大臣ベイリール氏の如きは、口を極めて賞賛した。
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丁度モントリウルが此の通り繁昌して来た際で有った。彼(か)の憐れむべき華子が、娘小雪を汪多塿(ワーテルロー)の宿屋に預け、此の故郷へ帰って来たのは。彼女は十二年目に返って来たので、別に頼リに出来る人と言っても、誰も無かったが、斑井父老の女工場が、困る人なら誰でも喜んで迎え入れた。彼女は間も無く女工として此の工場で給金を得る事に成った。
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