巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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  噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 

     四  銀の皿、銀の燭台

 僧正とは僧侶の中で極高い身分である。当時この国の官制では陸軍大将の直ぐ次に位する格式と為って居た。
 今旅人が戸を開けて入ったこの家の主人がその僧正なんだ。十年前にこの地の寺領を預って以来、彌里耳(みりえる)先生と言う名が殆ど慈善の神様に思われて居る。

 齢(よわい)は本年七十五歳、家族と言っては、自分より十歳ほど年下なる妹子と老女一人である。初めてこの土地へ赴任(ふにん)して来た時、直ぐに貧民病院を見回り、その建物の狭く穢(むさ)くるしいのを見て、広い立派な自分の官宅と取り替えた。何も三人の家族に広い住居(すまい)は要ら無いから、それよりは大勢の貧しい病者に、ゆとりを与えるのが良いとの考えを実行したのだ。

 この一事でも大方その人柄は察せられる。年々政府から得る俸給が一萬五千法(フラン)(一フランは今の相場にて凡そ日本の40銭)その内一萬四千法までを年々悉(ことごと)く慈善事業に寄付し、自分は単に一千法(フラン)《現在の日本の約五百万円》と妹御の身に附いた所得五百法とで、極めて質素に暮らして居る。是れでは余り甚(ひど)いからとの老女の苦情で、別に地方政庁から馬車代として年三千法を受ける事に運んだが、この三千法も直ぐに他の慈善事業へ一切寄付することに取り決めた。

 是からと言う者は、土地の人が徳に感じ、総て恵み金の類をばこの僧正の手に託する事になった。之が為め、年々僧正の手を経る金額は実に夥(おびただ)しい高である。けれど授ける豊かな人よりは、何うしても受る貧しい人の方が多いから、一銭でも僧正の為にはならない。のみならず時々分け与えるのに不足して、自分の乏しい家計を割き減らすことがある。

 凡そ人の艱難(かんなん)《難儀》、病気と有らば、何の様な危うきを冒してでも之を救う。この点では慈善家たるのみで無く、勇者である。けれど世間一般の宗教家の様に、決して厳しい意見は持た無い。本来由緒ある家に生まれ、華美(はで)と贅沢の中に育った人で、唯だ革命の乱の為に家を失い、乱を他国(伊国(イタリア))へ避けて居るうち最愛の妻に死なれて、それが為め痛く世を空(むな)しく思い、発心して宗教に帰したとの事である。

 だから若い時には普通の俗人と同じような行いをしたであろう。多少は過ちも有ったであろう。それは自分で常に言うのだ。従って人に説く意見も柔らかで、無理が無い。先ず斯(こ)うだ。

 「何(どう)でも人と言う者は、肉体と言う重い荷物を背負(しょ)って居るのだ。この荷物が常に欲心や過ちの元と為るから、油断無く之を見張って居なければ成らない。出来る丈は之を抑え附け、之に勝つ様にして、萬々止むを得ないに至って之に従え。従えば罪となるのだ。けれど全く止むを得ない場合ならば、許されるだろう。

 転んで膝を突くのは仕方が無いから、直ぐにその突き膝で神に縋(すが)り、膝より上に堕落しない様にせよ。完全と言う事は神より外に無いのだから、人は望んでも及ばない事。人は唯正直にしなければならない。過ちも、罪を犯しても、それでも正直を忘れるな。一生懸命に罪を少なくする様に勉めるのが人の道だ。全く罪の無いのは神ばかりだ。罪とは肉体に籠って居る引力の様な者だ。」
と。
 良く人情を咀(か)み分けた、穏やかな意見である。人の服するのも無理は無い。
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 此の夜、僧正は夕方の散歩から帰り、室(へや)に閉籠って書きものをして居た所へ、夜食の用意が出来たと見え、老女が来て戸棚から銀製の汁皿を出して行った。汁皿が銀製とは此の平民主義平等主義の僧正に不似合いだけれど、之は先祖から伝わって居る大事な宝物で、僧正にはこの銀の皿で汁(そっぷ)を啜(す)うのが唯一つの贅沢である。

 皿の数は都合六枚の一組で、その外に銀の燭台が二本ある。之も親類から遣身(かたみ)とし受けたので、毎(いつ)も暖炉の上の棚に一対揃(そろ)えて置いてある。客の有る時には用いるのだ。

 良く規則の行届いた家だから、皿が出れば直ぐに食事だ。僧正はそれと知って、書き物を罷(や)めて勝手へ行くと、ここが食堂をも玄関をも兼ねて居る。戸を開けば直ぐに往来だ。不都合な建て方では有るけれど、貧民病院をそのまま住居に用いて居るのだから、仕方が無い。

 この時老女は、僧正の妹御に向かい頻(しき)りに、夕方に買い物に出た時、町で聞いて来た恐ろしい旅人の話をして居る。
 「何でも十九年も長い懲役に居た奴だと言いますから屹度(きっと)今夜、何所へか泥坊に入りますよ。町中ではもう皆恐(こわ)がって戸を閉じて居ます。この家でも、何うか入口の掛け金と戸棚の錠前を拵(こしら)えなければ。銀の皿を盗まれては大変です。」

 僧正は聞きつつ卓子(テーブル)に向かって座した。丁度この時である。外から旅人が戸を叩いたのは。直ぐに僧正の口から、
 「お入り成さい。」
との返事が出た。之は誰彼の差別が無い。何の様な場合でも、訪ねる者さえ有れば、必ず同じ返辞をする。僧正の家には秘密は無い。都合も無い。

 難儀する人は救い、乞う人には与え、自分の住居を自分の家とは思わず、財産にでも労力にでも、全く自分と言う事を忘れて居るのが、誰にも真似の出来ない所である。是であればこそ徳行《道徳に従った立派な行い》なんだ。

 返辞に応じて入口の戸は開かれた。開いた人は殆ど決死の心とも言うべきだ。ここで救われなければ、救われる所は無い。彼は突(つ)と入った。背(せな)には袋が有り、手には杖を持って居る。姿かたちの尋常(ただ)ならないのは言うに及ばず。野卑、大胆な、疲労した、そうして乱暴らしい顔が灯光(ともしび)の前に突き出た。


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