巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第二十三回

 有浦は林屋お民の家で意外な事を聞き出し、且つ丸池お瀧から、曲者と覚しき者が書いた、手紙をさえ得たので、此の上は更に、お蓮に逢い、我に隠している事を詳しく聞き、充分に曲者の様子を確かめようと思って、又もや馬車を急がせて、お蓮の家に入って行った。

 お蓮はたった今、綾部安道に身の上を白状し、又娘にも打ち明けたので、此れから後々を如何(どう)したら好いだろうと、独り思案に暮れていた時だったので、有浦の顔を見るなり、涙目を拭いて、
 「有浦さん、何うしましょう。綾部さんにもお仙にも、残らず身の上を打ち明けました。」

 (有)夫(それ)では綾部が此の家へ来たのか。
 (蓮)ハイ、参りました。先(ま)ア斯(こ)うですよ。今朝私が伊太利(イタリア)村に居る所へ、貴方からと言って、迎いの手紙が来ましたから、何事かと急いで帰ると、其の手紙は贋者(にせもの)で、何者かが貴方のお名を騙(かた)って、私を呼び寄せたものでした。

 夫(それ)から暫くすると、後からお仙と綾部が参りましたから、何故(なぜ)来たかと聞いて見ると、是も贋手紙に騙されたのです。余り不思議ですから、其の手紙を能(よ)く能く見ると、私に寄越した手紙と、一つの手で書いて有ります。夫で漸々(ようよう)曲者の心が分かりました。

 是は必ず綾部とお仙に私の身の上を知らせ、互いに愛想を尽かさせる為ですよ。私も最(も)う此のデミモンドの住居(すまい)を見られたからには、隠すのは益々恥と思い、残らず身の上を打ち明けましたら、綾部は汚らわしいと思ったのか、挨拶もせず帰りました。

 (有)何、其の位の事なら、別に心配する事は無い。何(ど)うせ何時までも、隠せる事で無いのだだから、今打ち明けたのが却(かえ)って好かった。
 併し其方(そなた)は、未だ私にも、打ち明けなければ済ま無い事が有るぜ。
と聞いてお蓮が驚くのを、有浦は打ち笑い、

 「ナニ、驚く程の事では無い。其方は妹李(まりい)夫人が、殺される所を見届けながら、今まで誰にも隠して居るのだネ。イヤサ、もう隠しても駄目な事、私は今、林屋お民の家へ行き、彼の恐ろしい、吊り天井の寝台の仕組みを、すっかり見極めて来たのだから。」
 お蓮は、青い顔色が又白くなるまでに打ち驚き、今は隠すのも無駄だと思ったけれど、未だ彼の誓いの事が気に懸かるので、唯無言の儘(まま)で、有浦の顔を打ち眺めていた。

 (有)コレ、お蓮、其方が夫ほどまで此の事を隠すのには、きっと深い仔細も有るのだろうが、見た事は見たと云わなければ、身の為に成ら無いよ。他人は兎も角、私だけには聞かせても宜(よ)いだろう。コレ、返事をしないのは、聞かされ無いと云うのかサ。何うしたのだ。有浦は男だ。軍人だ。他言して悪い事なら、決して他言はしない。聞かせて呉れ。夫を聞かなければ、曲者を捜す事も出来無いから。

 フム、是は不思議だ。是でも聞かされ無いと云うのか。何時までも黙って居ては、為に成ら無いよ。能(よ)く考へて見るが宜(よ)い。夫人が殺される所を、其方が現に見届けながら、其の曲者の事を隠して居ては、第一殺された夫人の為にも済まないが、夫人は其方の恩人だぜ。恩人が殺されるのを見届けたなら、直ぐ様其の筋へも訴えて、其の曲者が捕らえられる様にし、夫人の為に仇を復して遣(や)るのが、其方の本分と云う者だ。夫をこの様に隠して居る。
と云い掛けて、声を低め、

 「若しや、其方も曲者の同類では無いかと疑われるぜ。」
 お蓮は益々驚いて、殆ど気絶してしまうような有様だが、口を開こうとする様子は無い。

 (有)之は如何した事だ。未だ黙って居るのか。若し此の事がその筋の耳に入れば、第一に其方を疑い、能(よ)く能く取り調べた上で、夫人の財産が、其方(そなた)の娘に伝わる事が現れたら、其方は何うしても逃れられない。早く夫人の財産を、我が娘に渡したいからと、其方が悪者と手を組んで、夫人を殺したので有ろうと云われたら何とする。其方が彼(あ)の夜、夫人の事を見届ける為め、林屋お民の家へ行った事は、知って居る人が幾等もある。其方は、何時までも隠して居ては、我が身が危険な事を知ら無いのか。

 お蓮は此の言葉に我が身の危ういのを悟ったけれど、今までの事柄で、曲者の手際を考えて見ると、彼の奇疑なる手紙を作って、親子を自由自在に取り扱うなど、実に非常に力のある者で無くては、到底(とて)も無し得ない仕業なので、其の姿は見え無いが、絶えず我が身に附き纏(まと)っていることは疑い無い。

 今までも既に、曲者には様々な辛い目を受けているのに、今口外しては、此の上何(ど)のような災に逢うかも知れ無い。言うのも危うく、言わないのも亦危うい。此の辛い間に挟まり、何うしたら好いだろうと、心を様々に悩ませたが、思えば思う程、益々我が身の恐ろしさを感ずるばかりで、如何したら良いか、考えが纏(まと)まらない。

 しかしながら、妹李(まりい)夫人の死骸は既に自然に死んだ者として、その筋まで通って、その筋の疑いは遠のいたが、曲者の恨みは近い。遠い疑いよりは近い恨みの方が恐ろしく、隠していることは何時でも打ち明ける事が出来るが、一旦打ち明けた事は、悔やんでも取り返し附かなくなると思うと、先ず隠せるだけ隠すのが一番好いと、漸く思いを定め。

 「有浦さん、貴方に隠しては済みませんが、是ばかりは言われません。私の口は閉じられて居ますから、何うぞ問はずに私を助けて下さいませ。其れまで問はずに分かったなら、其の後は、考えたなら大抵分かりましょう。」
と云うのに、有浦も大方は事の次第を推し量り、此の上問うても、益無しと思ったので、心広い軍人の常として、早くも思い返し、

 「好し好し、夫ではもう問うまい。口を封(と)じられたと云うからは、先ア曲者に威(おど)かされて、他言はしないと誓いを立てたとでも思って居よう。夫は爾(そう)と、先程、曲者が其方とお仙に、手紙を寄越した手紙と云うのは、此処に在るのか。

 (蓮)ハイ、二通とも茲(ここ)に有ります。
と言って、衣嚢(かくし)から取り出したのを、有浦は受け取って、先程彼の丸池お瀧から預かった、一通と比べて見ると、果たせるかな、其の文字は同じ人の手に成った者だった。是から見ると、妹李(まりい)夫人を林屋に誘って、怪しい寝台を与えたのも、お瀧に近づきと為って、お蓮の様子を探ろうとしたのも、又彼の綾部とお仙を此の家へ誘い寄せ、三人の間を割こうと企てたのも、総て是同じ人である。

 入山鐘堂が自分で之を為したのでなければ、其の手先に為さしめた事は確実で、何(いず)れとするも其の源(みなもと)は彼の仕業に決まっていると、有浦は腹の中に合点しながら、其の事をお蓮に告げて、且つ問うには、
 「是から其方は何うする積りだ。」

 (蓮)最(も)う茲(ここ)に住むのも厭(いや)ですから、兎に角直ぐに伊太利村に引き込みます。
 (有)イヤ、伊太利村に引っ込んでも、決して安心は出来ないだろうよ。既に昨夜も曲者が鶴女の家を覗いて居て。
と言って、是から、彼の曲者を蘭樽伯の庭まで追って行って、終に取り逃がした事を語ると、お蓮は又も驚き、

 「夫(それ)ではお仙と共に、何所でも人の知ら無い所へ、引き移ります。」
 「イヤ、幾等引き移っても駄目な事。曲者は何所までも踪(つ)いて行くから。何でも一人確かな人に、保護を頼むより外は、仕方が無い。」
 (蓮)保護は貴方がして下さるでは有りませんか。
 (有)素(もと)より私が保護するけれど、私は6ヶ月の後には、又田舎へ出張しなければならない上、私一人では未だ足り無いから、是からお仙に然る可き所天(おっと)を迎え、其の所天を力とするのが肝腎だ。

 (蓮)でも、お仙の所天(おっと)にする筈で有った、綾部伯爵は既に私の身の上を聞いて、逃げて行きましたもの。
 (有)いや綾部より外に心当たりがあるから。
と言って、是から彼の蘭樽伯の事を話聞かすと、お蓮は大いに喜んだが、
 「唯お仙の心の中では、未だ綾部の事を思い切っていない様子なので、外の所天(おっと)は当分持たないでしょう。」
と言うのに、有浦は之を打ち消し、

 「夫(それ)なら、俺が綾部に逢い、能(よ)く道理を説き聞かせて、彼の口からお仙に向い、思い切る様に諭(さと)させる。」
と請合った。

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