巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第三十五回

 決闘とは命の取り遣りである。安易に行う可き事では無い。しかしながら今、綾部安道と蘭樽伯の心を察すれば、二人とも後へは引かれず、潔く決闘する外は無い。
 蘭樽は傍に居る有浦に打ち向い、
 「此の決闘は僕から言い込んだ者だから、僕は先ず介添人を定めなければなら無い。夫(それ)までの所、此の喧嘩は先ず君に預けて置く。」
と言うと、有浦は深く蘭樽を信じるの一念から、綾部の仕打ちを悪し様に思う者なので、

 「イヤ、君の介添人には僕が成る。兎に角、此の人込みでは話も出来無いから、少し静かな所へ行こう。」
と言って三人は群がる人を潜(くぐ)り潜って、四、五町(四から五百m)も離れた所に出たが、四辺(あたり)に人が無いのを幸い、有浦は蘭樽を此所へ立たせて置いて、綾部を物陰に連れて行って、
 「君の仕業は実に合点が行か無い。何の積りで蘭樽を、彼(あ)の様な目に逢わせたか知ら無いが、僕から見れば全く嫉妬としか思われ無い。」

 (綾)イヤ、決して嫉妬では無い。彼奴(きゃつ)は大悪人だから、懲らしめて遣るのだ。君は未だ彼奴に欺かれて居るから分から無いだろうが、良く考えて見給え。彼奴の使って居る家令は、即ち丸池のお瀧の所へ行き、お蓮の身の上を探って居た曲者だぜ。僕はもうお瀧の口から聞いたのだから大丈夫だ。

 有浦は頭(こうべ)を振り、
 「お瀧などの言う事が当てになる者か。悪人、善人は其の行いで分かる。併し此の争いは茲(ここ)です可(べ)き事では無い。夫よりは君、介添人を定め給(たま)え。」

 (綾)僕は此の巴里には、君より外に知る者は無いから、君の見立てで然る可き介添人を頼んで呉れ給え。介添人などは誰でも好い。僕は唯彼(あ)の蘭樽を殺すか、さもなければ、彼に殺されれば気が済むのだから、後は何とも君に任す。

 (有)好し好し、夫では介添人は僕が選んで遣ろう。幸い僕と一緒に田舎の鎮台に勤め、一緒に休暇を貰って帰って居る、町田と言う中尉が有る。其の中尉が大の決闘好きだから、夫を君の介添人と定めよう。君は是から直ぐに、倶楽部の受付へ行って待って居たまえ。爾(そう)すれば僕は後から其の中尉を連れて行くから。

 (綾)承知した。
と云い置いて綾部は其の儘(まま)倶楽部の方へ分かれて行った。後に残った有浦は、様々に蘭樽を慰めたが、是も打ち連れて何れにか去って行った。
 是から綾部は彼の倶楽部に行き、一時間ほど待って居たが、有浦の来る様子が無いので、待ち兼ねて外に出、一度我が宿に立ち帰ろうとする丁度その時、有浦は一人の軍人を伴い、息を切らして馳せ附けたが、此の軍人は即ち町田中尉と言う者で、有浦が綾部の介添人にと見立てた人である。

 綾部は唯蘭樽を悪(にく)いと思う一心で、介添えは誰でも好いと思うので、町田に厚く礼を述べ、委細の事を之に打ち任せたので、町田と有浦は相談の上、左の條々を定めた。
  
 第一 此度の決闘は双方ともサーベルを以って闘う事。
 第二 事を公にしては世間の噂と為り、お仙嬢の名前にも関する故、介添人の外には、何人にも知られ無い様に蘭樽家の庭で立ち合うこと。
 第三 明朝六時までに蘭樽家に集まる事。
 第四 サーベルは介添人二人に於いて之を選び、蘭樽と綾部に渡すこと。

 斯(こ)の様に約束を定めたので、綾部は分かれを告げ、我が宿を差して帰って来たが、其の道々で考えて見ると、一つ心に掛ることが有った。
 「我が運が若し拙(つたな)くて、彼の為めに殺されるのは厭(いと)わ無いが、我が若し死んだら、誰が又、我が後で彼の正体を見破ることが出来るだろう。彼が悪人である事を知っているのは、唯我一人であるので、我が死んだら、人は皆彼を善人と思い、お仙嬢までも彼が為に汚されるだろう。」

とこの様に思うので、我が身が唯丸池お瀧の言葉を聞いただけで、外に何の証拠をも集めることが出来ない先に、早くも決闘を開くに至った事を悔いた。有浦、町田の両介添人に蘭樽が悪人である事を、悟らせる工夫は無いか。二人に此の事を悟らせた上は、我死すとも恨み無しと、様々に思ひ廻しながら、漸く我が宿近く来くると、此の時後ろから綾部を引き留めようとする者があった。

 綾部は誰だろうと振り返えると、日の暮れのことで、定かには分から無かったが、大道で人の憐れみを乞う乞食に似ていたので、エエ、蒼蝿(うるさ)いと思って、振り払うと、乞食は綾部の顔をつくづく見て、 「アア人違いかと思って、非常に心配したが、矢張り人違いでは無い。旦那、貴方は綾部さんで御座いやしょう。」

 我が名を指されて綾部は驚き、俺の名を知る手前は誰だ。
 (乞食)私しァ今まで人に頼まれ、お前さんの様子を探って居た者ですから、名前を言っても、お前さんにァ分かりやすめェ。旦那貴方に知らせ度(て)ェ事が有りやす。騙されたと思って、其首(そこ)へまで一緒に来てお呉(くん)なせエ。

 此の薄気味悪い言葉を聞き、綾部は未だ怪しみが解けなかったので、無言の儘(まま)で、其の顔を見て居ると、彼はカラカラと打ち笑い、 「旦那が私を怪しい者と思うのア無理エ無エが、旦那、貴方は明日蘭樽と決闘するなら、其の前に私の話をお聞きなせエ。貴方の為になりやすぜ。」

 綾部は愈々(いよいよ)不審でしかたが無かったが、今は聞き捨てにも出来なかったので、
 「俺に何の話が有る。幸い辺りに人も無いからサア言え、聞こう。」
 (乞食)イヤ此処じゃ話も出来やせん。私と共にツイ其首(そこ)の公園まで来てお呉(く)んなせエ。

 此の者若しや蘭樽の廻し者で、我を公園地に誘(おび)き出し、闇討ちにでもする積りでは無いかと考えたが、真の夜中と云うでは無く、此の宵の中に、よもやその様な事が有ろうとも思はれ無い。それに綾部は我が腕に充分武芸の覚えも有るので、彼が若し蘭樽の回し者であったら、我の方から先に彼を捕え、充分に白状させて、蘭樽の正体を暴露する便りにもして呉れようと、早くも思案を定めて、

 「何かは知ら無いが聞いて遣ろう。サア行け。」
と言って乞食の後に追従(つきした)がい、公園地に入って行った其の後の物語は、長いので次回に譲る。

次(第三十六回)へ

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