巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第七回

 花房丈次郎が、土場の宿屋で殺された時、其の妹である妹李姫(まりいひめ)は、お蓮に後々の事を約束して分かれたが、国へ帰れば親類中に、異議を唱える者があった。お蓮を迎えて、其の娘お仙に家を嗣(つ)がせるよりは、妹李(まりい)姫こそ丈次郎の実の妹なのだから、姫を後嗣(あとつぎ)とすべきだと言い張った。

 今までは、妹李(まりい)姫と呼ばれた身であったが、此の時からは花房夫人と呼ばれ、所天(おっと)と共に数年の間暮らしたけれど、如何なる訳か、子供とては一人も挙(もう)ける事が出来なかった。之に依り、花房夫人はお仙を呼び迎えて、我が子と為すと言って、其の事を所天(おっと)にも話たけれど、所天は、お仙の身の上を疑い、

 「丈次郎が子と云っても、其の実、何人の胤であるかは知れ無い。この様な怪しい者を、子とするより、素性正しい貴族の家から、然る可く養子を迎えた方が好い。」
と言って、更に聞き入れないばかりか、後には、お蓮と手紙の取り遣りをする事をさえ禁じた。

 之により、花房夫人は、心ならずもお蓮に何の便りもせず、空しく十年余りが過ぎ去った。この様にして居る中、不幸にして、所天に死に分かれたので、今は我が心に従い、お仙を迎えて、我が後を嗣(つが)させ、十年以前の約束を果たそうとして、早速手紙を出したけれど、今のお蓮は、十年前の山田蔦江嬢では無い。

 其の住居(すまい)さえ、確かに知れ無い程なので、終に旅行を名目として、唯一人で仏国に出て来て、女の多く出入りする劇場の中に入り込んで、お蓮を尋ねて居たのだ。尋ねて居る中に、幸いにしてお蓮の目に留まったけれど、又不幸にして、面を合わする暇(いとま)も無く、前回に記した様に、無残の最期を遂げてしまったのだ。

 是より話しは旧(もと)に復(かえ)る。
 さてもお蓮は、林屋お民から、彼(あ)の写真挿(しゃしんばさ)みを受け取って、丸屋町(原名マールショー)にある我が家に帰り、下女には、気分が悪いので、何人にも面会はしないと言置いて、一室に隠れ、彼(か)の写真を取り出し、つくづくと打ち眺めて、さては花房夫人、今でも先の約束を忘れず、お仙の写真を、この様に大事にして居たのか。

 お仙には、此の母の賎しい営業(なりわい)を、露ほども知らさずに居て、苦しい中から充分に教育を施し、天晴れ英国の貴族、花房丈次郎の息女と云っても、恥ずかしく無い程に育てていたので、若し夫人の生前に一目、其の顔を見せたならば、夫人は如何ばかりか喜んだ事だろう。

 それにしても、夫人を殺したのは何者だろう。彼、既に我に娘のある事をさえ、知っているからは、きっと一通りの者では無い。何とかして彼等の目に触れ無い様、其の筋へ、彼の死骸が花房夫人である事を言い立て、切(せめ)て葬式だけでも、身分相応に営ませる工夫は無いかと、心を色々に悩ませて居る中、玄関の方に当たり、騒がしい人声が聞こえるので、写真挿みを、卓子(てーぶる)に置いた儘(まま)で立ち上がり、何事であるかと、耳を澄ますと、お蓮に逢おうとして来た客を、下女が追い帰そうとして、争って居るのだった。
 下女の声として、

 「お蓮さんは病気で、先程から寝て居ますから、誰にも面会は致しません。」
 (客)いやサ、病気だと言うのならば猶更(なおさら)案内には及ば無い。直ぐ居間へ通して呉れ。
と云う声の下から、下女を払ひ退けて、早や突々(つかつか)と上がって来る者がある。

 誰かと思う暇も無く、合いの襖(ふすま)を推し開けて、
 「お蓮久し振りだナ。」
 此の男の姿を見ると、背丈高く色黒くて、骨組みはたくましいけれど、容貌に一種の愛嬌と品格を備え、身には陸軍士官の軍服を着けている。
 お蓮は驚いて、
 「オヤ、有浦さんですか。」

 (有浦)オオ、有浦だ。田舎の鎮台詰を言い付けられ、七年の間出張して居たが、其の期限が満ちたから、半年の暇を貰って帰って来た。たった今、此の巴(里パリ)へ着いたばかりだけれど、昔馴染みの顔が見たいから、直ぐ様此の通り尋ねて来た。
と云う中に、お蓮の非常に鬱(ふさ)いだ顔色を見て、
 
 「其の方は大層鬱(ふさ)いで居るが、全体何(ど)うしたのだ。兄弟同様に思って居る其の方が、其の様に厭な顔をして居ては、何だか気に掛る。ドレ何事だ。聞かせて呉れ。」

 そも此の有浦と云うのは、仏国陸軍大尉にして、七年前、田舎の鎮台に出張する迄は、非常にお蓮を愛し、我が妻として迎えようと迄に、言い寄った事がある。お蓮も、其の気性が活発で男らしく、且つ親切なのを愛し、殆ど其の妻になる事を、承知する所だったが、少し差し支える事情が有って、体よく断わり、その後は兄弟の様に、隔て無く交わる人である。

 此の人こそ、今の困難を打ち明けて相談するのに、丁度好い相手なので、お蓮は残らず話そうかと思ったけれど、我が口は既に厳重な誓いの為に留められている者なので、又も思い留まって、
 「ハイ、随分心配は有りますけれど、人に話す事は出来ません。」
 (有浦)人には話されなくても、俺には好いだろう。

 (蓮)イエ、貴方にも
と云う折りしも、有浦は卓子(テーブル)の上にある写真挿みに目を注ぎ、
 「オヤ、是は立派な品物だ。」
と言って手に取ったので、お蓮は周章(あわて)て
 「イエ、夫(それ)は了(いけ)ません。預かり品ですので。」
 (有浦)是は綺麗だ。小児の写真だな。可愛い顔をして。オヤ、何だか其方(そなた)に似て居る様だぜ。真逆(まさか)、其方に此の様な娘は無いだろう。
と云いながら捻(ひね)り廻すうち、不図(ふと)其の写真挿みの裏面が、二重に成っていて、一方を押せば開けて、二つと為る事を見出したので、

 「オヤ、是は不思議だ。裏面が開く様に成って居る。オヤオヤ、何(ど)うも不思議だ、コノ裏の方に、此様な書付が入って居るぜ。」
と云いながら、何やら手紙の様な者を取り出だした。


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