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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第十九回

 少女弥生が獄に送られた後に老婢お律は宛(あたか)も我が子を失った様に悲しみ、何とかして助け出す工夫は無いかと、空しく心を悩ましながら打ち萎れて保田老医の家を出ると、以前から薔薇(しょうび)夫人の遺産ばかりを捜している櫓助、泥作の両人は何処かから見たのか、お律の後を追って来て物陰に誘って行き、

 櫓「コレ、お律婆、お前は先程も群集の中で何か腕八に囁いた様子だが、若しや薔薇夫人の大金の在る所を彼に教え、幾等か分け前を貰おうと言う考えでは無いか。」
と問うので、お律は此の者等が伯母に当たる薔薇夫人の死を悲しまずに、其の遺産にばかり目を附ける薄情を憤り、罵(ののし)ってやろうとしたが又忽ち思い返し、先刻利欲を以って腕八を説いた様に、又利欲を以(も)って此の者等を説き、少女弥生を救い出す道を求めようと、頓知に長(た)けた女だけに早くも凡その思案を定め、

 「ナニ、腕八の様な自分の欲ばかり渇く男へ大事な秘密を明かしても此方の儲けには成らないから、何にも話さずに止めたのさ。」
と、誘うと応じる景色を示して、
 櫓「俺などは腕八と違い、日頃からお前の老い先まで案じて居るから屹度(きっと)一割は分けて遣るは、のう櫓助。
 櫓「爾(そ)うとも、其の上に然るべき家まで買い、生涯安楽に暮らされる様にしてやる。コレ、お律さん、一割と言うところで教えておくれ。」

 お律は急がず、
 「生涯を安楽にして貰はねば成らないのは勿論だが、何にしてもお前等に十分の度胸が無ければ此の遺産は手に入らない。」
 櫓「ナニ、度胸、度胸と言えばおいらは船乗りだろうじゃ無いか、命懸けの仕事をするは。」
 泥「俺だって民兵に加わり、弾丸の面に立って戦争もする男だ。」
と俄かに強がるのも面白い。

 お律は最早大丈夫と、
 「では言うがね。大金の在り所は夫人の遺言書に書いてある。其の遺言書は今しがた縄村中尉に引き続いて牢へ送られた、アノ少女の着物の襟へ縫い込んであるのさ。」
 二人は容易に信ぜず、一斉に、
 「何だって、アノ少女が、」
 律「アノ少女は私が薔薇夫人から預かり、五歳の年まで育てた弥生だよ。お前達顔を見覚えて居る筈だ。」

 二人は忽ち思い出し、
 「爾(そ)うだ。爾うだ。爾う云えば見覚えがある。」
 律「だから大金の在る所を知り度いなら、アノ少女を死刑の前に救い出し、夫人の遺言を襟の縫い目から取り出して読む外は無い。」
と云い、猶(なお)も夫人の遺言書を自分が預かって確かに少女に与へ其の襟に縫い込んで遣ったなどと極めて誠しやかに説き明かすと、二人は全く之を信じ、

 「だが如何すれば救い出だされる。」
 律「それは訳も無い事さ、明日か明後日は憲兵が少女を護送してケインの刑場へ行く。其の途中で休む所は決まっているわ。」
 泥「爾(そ)う爾う。何時もケトルビルの茶店で休むよ。」
 律「サア、其の休んだ所でお前方が憲兵に話しをしかけ、其の心を外の事へ引き付けていれば、その間に私が弥生の馬車へ行き、縄を解いで遣る。爾うすれば弥生は昨日も崖を下って分かっている通り足が早いから自分で逃げ出し、アノ辺の草原へ隠れてしまう。草が人の背丈より高く生い茂った広い野だから、一旦隠れたなら、憲兵が何と探しても捕まえられる事では無い。爾すればお前方にも私にも疑いは掛からず、憲兵の落ち度となってしまうから、このような容易な事は無い。」

 泥作は、
 「旨(うま)い旨い。」
と喜ぶ。
 櫓助は少し考え、
 「待てよ。爾(そ)うして弥生が俺などには捕まらず、お前と腹を合わせて隠れてしまえば、俺達は馬鹿を見る、遂に大事な遺言書を見ることが出来ない。」
 律「ナニ、遺言書は私が弥生の縄を解く時、其の襟から引き出してしまうよ。爾うしてお前達に渡すからお前達は中の文句を読み、金の在処を知った上は引き裂いてしまいば好い。」

 櫓「成る程爾(そ)うだ。」
とは答えたが、猶如何やら決し兼ねる様子なので、お律は最後の一語を発し、
  「アアお前達が難しいと思えば、私は強いて頼みはせぬ。外に此の相談イ応じて呉れる人は沢山ある。」
と言うと、他人に頼まれては一大事なので、両人は非常に慌(あわ)てて、
 「ナニ他人へ頼むには及ばない。屹度(きっと)俺達が引き受ける。」
と言葉を揃えて言い切るので、お律は猶も細かいところを打ち合わせて、アア馬鹿者を説き附けて我が事は既に成れりと心の中に呟いて立ち去ると、後に櫓助は少し考え、
 「泥作、お前は何と思う。」
 泥「俺は愈々運が向いて来たと思う。」
 櫓「それは爾(そう)だが、アノ弥生は何でも薔薇夫人の隠し子か何かに違ひない。俺は昔から爾(そ)う思っていた。」

 泥「その様な者だから夫人が可愛く思って遺産をあれに与へるのよ。」
 櫓「それは分かっているが、弥生が生きて居れば、たとえ我々が遺言書を得て、其の文句読んだ後で、焼き捨てるとした所で、世が平和にでも帰した後で、弥生が我々へ夫人の遺産を分けて呉と談判に来るかも知れないぜ。何でも我々より夫人へ血筋の近い者を生かして置くのは危険だ。」

 泥「だって死刑にして殺してしまえば、大金の在処は遂に分からない。」
 櫓「イヤ、死刑に成る前、アノお律の手を借りずに我々二人でどうかしよう。牢屋の番人を抱き込めば旨く行くよ。」
  櫓「牢屋の番人は腕八じゃないか。」
 泥「ナニ、腕八は此の町の牢番よ。町の牢は囚人で満ちていると云うので、縄村中尉も弥生も北の崖の上にあるベントの牢へ入れられた。男囚は二階で女囚は下へ置かれるから弥生は二階の下の室にいるのよ。」
 泥「成る程、、ベントの牢なら其の長は鼻添軍曹だ。」

 櫓「爾うだろう。鼻添軍曹は酒飲みだから、酔って寝た後でその下に使われる牢番に働かせれば弥生を片付けて襟から遺言書を取り出す工夫は幾等もある。
 泥「爾うだ、爾うだ、爾うして此の世に無い者としてしまえば安心だ。」
と云いながら、更に彼是相談の末、堅く何事をか打ち合せて分かれ去った。



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