巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 4.10

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百十六、「コルシカ人の仇討ち」

 「残らず申し上げてしまいます。」と言って、ここで伯爵にこの家のことと自分の事を白状しようとしている家扶春田路は自ら言った通りコルシカ島の人である。この島の人の気質は読む人のかねて聞き知るところであろう。様々な迷信があって、執念深く、一度こうと思い定めた事柄は何事を犠牲にしても果たさなければ止まないのである。

 既にヨーロッパ全州の人幾百万の命を己がが野心のために戦場の露と消えさせ、生涯悔いる事を知らなかったナポレオンその人もこの島の産である。特にこの島の習慣で最も名高いのは「ヴエンデタ」として知られる復讐である。あだ討ちである。コルシカ人の復讐と聞けば、何処の国の人でも震え上がる。

 それはさて置き、春田路は話し出した、「極々初めから申しますが、私は自分より二十歳ほど年上の兄の手で育てられた男です。父母には幼い頃に分かれましたから、兄を父、兄の妻を母の様に思っていました。勿論コルシカの者ですから熱心なナポレオン党の一人で、兄の方はウオーテルローの最後の一戦にも従軍しました。

 その一戦の敗れた後です、ナポレオンは遠い島に流され、兄は行方も知れないことになりました。私どもは日夜心配していますと、ある日兄から手紙が参りました。その手紙にはポーン・ドガーの尾長屋と呼ぶ宿屋の二階に潜んでいるが、一銭の金も無く、その上ナポレオン党の落ち武者と知れれば反対党の兵士にひどく虐待される恐れも有り、今は身動きも出来ない状態だから、どうか金を送ってくれと有りました。けれどもその通りの時ですから手紙では送られず、仕方が無いので私が持って行きました。

 「この尾長屋という宿屋は昔から密輸品を船長から預かる暗い商売の宿屋でして、その主が刑に処せられ、長く空き家になっていたのを、マルセイユの毛太郎次という者が買いました。私どもは海の上で生活するコルシカ人の常で、多少は密輸入に関係した事もありますから、勿論その尾長屋も毛太郎次も知っていました。兄が潜伏したのもその様な縁故の為でしょう。そうして私ははるばると尾長屋に行ってみると、門口に大勢の人が集まっていていました。何事かと群集を掻き分けてみると、群集の真ん中に私の兄が殺され、血まみれになって倒れています。

 「事情を聞くと反対党の無頼漢に、後ろから刺されて、その刺した奴は逃げ去ったというのです。大将が敗北しても兵士は場合により次の政府から恩賞にもあずかるのが今までの例では有りませんか。それがあべこべに、白昼公然と殺されるとは余りひどいやり方ですから、私は直ぐにその筋に訴え、犯人を捜索してもらうつもりで、ニームの検事局に駆けつけました。その時私が会った検事がマルセイユから転任した蛭峰重輔と言う者です。

 「伯爵、閣下は蛭峰と言う奴がどれ程意地悪な悪人かと言うことを知らないでしょう。イヤ、彼ほどの悪人は見たことはお有りなされないでしょう。滑らかな美しい顔をしていて、心の底は鬼のような、悪魔のような、たとえようの無い奴です。」

 伯爵は苦笑いをして、「オオ、その様な悪い奴かなア。」
 春田路;「悪いにも、お話になりません。どの様に私が嘆願しても犯人捜査の命令を発してくれないのです。彼は反対党の者を苦しめたり、殺したりするのを、政府への忠勤だと思っていました。あんまり私は腹が立つから、白昼公然と人を殺した犯人を、今の政府は捜索する力が無いのですかと聞きました。」

 彼は、いや力が無いのでは無い。コルシカ人は狂人だから、自分で何か殺されるような事をしたのだろうと言い、又今は既に国王の政府となっているのだから、横領者に与したコルシカ人のために力を尽くすことは出来ないと言い、最後には私を脅かして、この土地に長居をするとただでは帰さないぞ。俺の叱りを受けないうちに早く立ち去れと言いました。

 伯爵閣下、この様な事を言われて私は黙っていられるでしょうか。余り悔しくてならないから、こやつを殺すのが兄のかたき打ちだと思いました。それだから彼に向かい、貴方はコルシカ人の「ヴエンデタ」をご存知ですかと言いました。この一語を聞き、彼は忘れていた事をでも思い出したように顔の色を変えましたが、やがてせせら笑い、コルシカ島ではその様な事もできようが、この国ではそうは行かないと言いました。その時の彼の顔の凄まじかったことは、絵にも有りません。

 確かに彼は私を捕らえて牢にでも入れる気になったのです。私はそうと見て、この国で「ヴエンデタ」が行われるか行われないか、気長にご覧になれば分かりますと言い、それ切り後も見ずに逃げてしまいました。彼は余ほどあだ討ちを恐れたと見え、厳重に私を探しましたが、その手は食いません。私は人の家の床下や木の洞などに潜みながら、折さえあれば仇を討とうと、彼をつけ狙っていたのです。

第百十六終わり
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