巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu117

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 4.11

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百十七、「その箱を深く埋め」

 春田路は言葉を続けて、「蛭峰も余ほど私の復讐を恐れたと見えます。彼はその後決して単身では外出しなくなりました。一方にはその様に用心するとは中々食えない奴です。けれど私はひるみません。この仇を返さなければ、コルシカ島へ帰って島人に合わせる顔が有りません。少しでも隙さえあればと彼を窺い、彼がたまたま外出すれば必ず私は後をつけて行って、その行き先を見届けるようにしました。「彼は薄々その様子を悟り、とてもそのままニームに居ては私の復讐を免れないと思って他の地方へ転任を請うたと見えます。間もなくバアセイルの検事局に移りました。勿論私もバアセイルに移りました。」

 「この前後において彼を殺す機会が随分無いではなかったのですが、私は彼を殺すだけでは満足できません。彼を殺してそうして自分の身は逃げ去らなければなりません。それだからどうか誰も見ないところ、誰も救いなどに来ないようなところへ彼をおびき寄せたいとそればかりを苦心しました。伯爵、天は常に善人に与(くみ)します。ついにその時が自然に来たのです。」

 「ある時、私は彼をつけてこのオーチウルへ来る事を見届けましたが、大抵彼がこの地へ着くのは夕暮れ頃でした。何でもこれは秘密の仕事をするためだろうと思い、いよいよこのオーチウルこそ「ヴエンデタ」を果たす場所だと思い詰めました。それから必死に注意していると、彼は馬または馬車でこの地のホテルに着き、そうしてホテルの裏口から単身で忍び出るのです。

 そうして彼の行く先は、どうでしょう伯爵、私が今この通り話しているこの家です。それだから私は貴方がこの家をお買い入れなさってここへ私を連れて来ることになったのは人間技ではなく神の指図だと申すのです。」
 伯爵は気をいらだつ様子で、「その様な考えなどは後で聞こう。先ず事実だけを早く言え。」
 
 春田路;「彼は決してこの家の表門からは入らず、必ず裏門からこの庭に忍び込むのです。忍び込むと中から十八か九ぐらいに見える美人が待ち焦がれていたように彼を縁側まで迎え、手を引き合って、今貴方のお降りなさった裏梯子から二階へ上るのです。それは私が何度も見届けましたのです。これを見届けた時の私の喜びはどうでしょう。いよいよ天があだ討ちの場所まで与えてくれたのだと私は神に感謝し直ちにバアセイルからこの土地に移りました。」

 「そうしてこの土地の安宿に身を潜めながら万に一つの失敗もない様に、この家の中の逃げ道なども見極め、かつは蛭峰を迎えるあの美人が何者かと言う事までも聞きだしましたが、美人は年は若いがある男爵の未亡人で単に男爵夫人と呼ばれるのです。それ以上のことは誰も知る者は有りませんでした。

 ところが私はある夜、この庭の詳しい配置を見届けに来たときに、その美人がゆるい着物を着て縁側を散歩しているところを見て、確かに身ごもっていて、それも早や臨月に近いことを見届けました。これはきっと蛭峰の胤(たね)だろうが、産み落とせば二人とも一方ならず名誉に触るだろう。ハテ、どの様に世間をごまかすつもりだろうと、この様な事まで疑いました。しかし、この疑いの分かるのはあんまり遠くなかったのです。」

 「数日の後、私はこの家の僕が馬に乗り大急ぎでバアセイルへ向かって出て行くのを見届けました。これはてっきり蛭峰を迎えに行くのだから、かねての本望達するときは今夜だと思い、最も鋭利な短剣を用意してこの庭に隠れていました。すると、夜の八時頃に僕が埃だらけになって帰り、それから十分も経たないうちに蛭峰が忍んで来ました。彼は直ちにいつもの通り二階に上りましたが、その後はこの家全体がひっそりとして、何時彼が帰るのか少しも想像がつきません。」

 「けれど、ナニ、朝まで居られる身では無いことは分かっていますから、どうしても今夜、彼がこの家から帰る時が、仇討ちを行う時と、こう思って待っていますと、丁度真夜中十二時というときに、彼は片手に鋤を持ち、片手には長さが二尺、深さ1尺もある箱のようなものを小脇に抱えて現れました。余り異様ないでたちだから、私はあっけにとられ、しばし呆然として見ていますと、彼は非常に恐れを抱いているように、辺りを見回しながら、この庭に出て来て、穴を掘り始めました。」

 「オオ、私は思い出すだけでも気持ちが悪くなります。彼は掘った穴へその箱を深く埋め、又その上に土をかけました。そうしてその土を踏み固め、上に又芝草を置き、少しも掘った跡が分からないようにして立ち去ろうと致しましたが、今をやり過ごしては私の目的を遂げる時は有りません。」

 「その前から私は彼の背後に忍び寄っていましたが、「コルシカ人の「ヴエンデタ」を思い知れ。」と言うより早く、彼を抱いて短剣を胸の辺りに突き刺しました。彼は私の言葉を聞いたか聞かなかったか、叫びもせずに倒れました。私は流れ出る血に血迷ったのか、一時は何事も忘れて、彼の死体のそばで踊りましたが、やがて気が付いて、捨てた鋤を取り、彼の埋めたその箱を取り出しました。初めから私はこの箱に大いなる疑いを起しましたから、後の穴は誰も気が付かないようにもとの通りに土を入れて踏み固め、草も植えてその上で、その箱を持ったまま、かねて手はずを付けているくぐり戸からこの庭に出ました。」

 「この時は夜の二時過ぎであったでしょう。道行く人も有りませんから、直ぐにセイン川の堤まで行き、短剣を持ってその箱を開いて見ますと、どうでしょう。中から出てきたのは生まれたばかりの赤子の死体です。」

第百十七終わり
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