巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu188

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百八十八回、『蛭峰家』(八)(続き)

 読むに従って毛脛安雄は、自分が全く父将軍の地位に立ち、将軍の当夜の境遇に入ったように感じると見える。一心不乱の状態で読み続けた。
 将軍を生かして帰しては党の破滅なので即座に将軍を殺すべきだとの思いは党員全体の心に満ち満ちたもののようだった。この時、もし党の首領が、「諸君、将軍を殺すべきか」との一門を発したなら将軍は確かに全会一致をもって死を宣告されたに違いない。

 将軍は自ら逃げられない場面だと察したのか、罠にかかった猛獣のように狂い立って、「七、八十人の力を合わせてこの一人を圧殺するとはよくも卑怯者ばかり揃ったものだ。一人と一人の決闘なら私は甘んじて応じますが。そうでなければ、諸君の行いを虐殺の行いと言うのを躊躇しません。衆を頼んで一人に向かう卑怯者よ。揃(そろ)いも揃った破廉恥漢《恥を恥とも思わない者》よ」と罵(ののし)った。

 この時首領は衆を制して立ち、非常に厳かな声で将軍に向かい。「将軍よ、今だ我が党は貴下を殺すのに決した訳では有りません。暴言はお慎(つつし)みなさい、将軍よ、貴方は我々が無理にこの場に連れて来たわけではなく、ただ私の勧誘に従い、自分の意思でここに来たことを忘れましたか。我々は貴方に目隠しを施しましたけれど、これも貴方が自分の手で結んだのです。

 イヤというのを無理に我々が施したものとは訳が違います。その時には貴方も十分に、この会が秘密党の会であることを知り、他人が入り込むべき場所ではないことを知り、これに入り込むには党員の式に従わなければならないことを知っていたのでしょう。我々が貴方を我が党の賛成者と認めたのは無理のないところです。

 そればかりか貴方はこの場に来て、我が党の何人かと握手をしました。もし我が党の賛成者でなければ、なぜ目隠しまでしてここに来ました。なぜ握手をしました。なぜ決議の前に断りませんでした。しかし、将軍よ、これをあえてとがめません。ただ我が党を侮辱することはお止めなさい。我が党はよくも揃った卑怯者では有りません。何よりも廉恥を重んじます。その証拠として、もし貴方が今夜の秘密を生涯他言しないという誓いをお立てになるなら、無事に貴方を貴方の屋敷まで送り届けます、どうです、その誓いを立てますか。」

 将軍は嘲(あざ)笑って「他言しないとは即ちこの党に加担するのと同じ事です。現に国王の朝廷を覆すという企てを聞き知って、これを国王に知らさないでいれば、自ら国王を倒すのと同じ事です。私は国王の忠臣です。そのような誓いは立てられません。」

 この言葉から見ると、将軍は国王のために、我が党の秘密を探ろうとして、この席に我が党の賛同者らしく見せかけて、入り込んだものとみとめるほかはないので、党員一同は再び激怒して、「死刑」、「死刑」と連呼した。 

 首領は再び将軍に向かい、「その誓いを立てないとなれば、生きてこの場を出ることは出来ません。誓いを立てるか、生きて帰るか二者のひとつをお選びなさる前に今一度じっくりとお考え願います。」

 将軍は又も満場を見回したが、党員一同が首領の言葉を当然として、静まりかえっている様子を見て、決してその死刑と言う語の、恐喝でないことを事を知ったように、「しからば誓いを立てます。今夜のことは決して口外いたしません。」と言い、更に首領の指図に従い、名誉をかけた正式の宣誓を行った。

 党員の中には多少不服に思い、たとえ宣誓の式に従ったからといって、なおも将軍を生かして返すのは危険だとつぶやく者もあったが、首領がただ一言、「私が責任を取ります。」と言い切るのを聞いて満足したので、将軍は初め来た時のように、自ら目隠しを施し、またも首領および御者三人と共に馬車に乗った。

 馬車の中で将軍はなお罵詈雑言を止めず、しきりに党員一同を卑怯なりと攻めるので、首領は聞きかねて、「将軍よ、最早会議の席では有りませんから、卑怯と言う言葉はありません。少し言葉をお慎みなさらないなら、聞き捨てには致たしませんぞ。」と押しとどめると、将軍はあざ笑い、「へん、まだ貴方がたは、四人と一人だら強いことを言うのです。単に一人と一人になったなら、私と決闘するものは一人もあなた方の中にはいないでしょう。この毛脛将軍のサルベージは悪人に向かって容赦はないのです。」

 首領は堪忍の力も尽きた。「将軍、ここはセーヌ川の橋の上です。サア、目隠しを取って、この馬車から降りなさい。降りた上でなお一人と一人の決闘をお望みなら私がお相手いたします。私の持っているこの仕込み杖も、貴方のサルベージと同じく、悪人に向かって容赦はないのです。」
 将軍は勇み立つように、「ナニ、一人と一人、こしゃくな」とつぶやいて直ぐに目隠しを取り外し、自分から先に、飛び出るように馬車を降りた。

 さては我が父が死んだのは暗殺ではなく一種の決闘であったのかと安雄は初めて気が付いた様子である。
い。

第百八十八 終わり
次(百八十九)

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