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gankutu189

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 6.22

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百八十九回、『蛭峰家』(九)

 この長々しい始末書がどの様な恐ろしい結果に終わるかは誰も知る者がいない。安雄はなおも読み続けた。

    

 将軍が飛び降りたのに続き、我党の首領も馬車を降りた。
首領は直ぐに将軍に聞いた。「将軍よ、立会人無しに戦いま
しょうか。」
 将軍は少しの間考え、「イヤ、私が貴方を殺した後で、貴方
の手下どもから、いつまでも首領の敵だなどと言って、うるさ
く付け狙われるようなことがあっては困りますから、立会人を
定め、この闘いが全く公明な決闘であって、暗殺ではないと
言うことを後々まで証明させる用意に供しましょう。」

 将軍は少しも自分が万が一にも負けるとは思っていないよ
うだった。勿論剣道にかけては当時フランス第一と言われ、
何度決闘しても必ず相手を殺したほどなので、この決闘も必
ず自分が勝つに決まっていると思い、後の面倒をまでも予防
して置こうと手配しておいたのは無理もないところではないか

 首領は同意し、「立会人といったところで、他所から呼んで
くるわけには行きませんから、私の馬車に乗っている御者の
うち、二人をそれと決めてはどうでしょう。」

 将軍;「よろしい。最もよろしい。貴方の党員を立会人とすれ
ば、党員全体に後々まで私に言いがかりなどする口実がなく
なりますから、私は特に望むところです。」

 一貫して将軍の言葉は自分の必勝を期して首領に対して
侮辱の意を含んでいた。しかも、首領は毛ほどもそのことを
気にしていない様子だった。

 やがて決められた二人の立会人は双方の剣を受け取って
点検してみると、将軍の剣はサアベルなので立派な鍔(つ
ば)が有ったが、首領の剣は仕込み杖なので鍔(つば)が付
いていない。しかも将軍の剣より5寸(15cm)ほど短かか
ったので「このように武器に優劣が有っては公平な決闘とは
認められません。」と言った。

 将軍;「この場に及んでそのようなことを言っても仕方がな
いよ。劣った剣を持ち合わせていたほうが不運だとあきら
めましょう。もし不幸にして私の剣が劣っている場合でも、私
は決して苦情は言いません。」

 首領;「勿論です。私は使い慣れていますから、この鍔(つ
ば)のない短い剣をも通常のサアベルと同じように使うことが
出来るのです。」
 これで決闘の準備は終わった。決闘の場所は橋の下の空
き地である。立会人はまず馬車のランプを取って来て橋の
桁(けた)に架けた。

 二人の闘者は外套を脱いでそこに降りて来た。立会人から
の合図と共に、決闘は開始した。将軍はただ一打ちと思った
様子で、初めから攻勢を取ったが、打ち込むたびに巧みにか
わされ、その目的を達することが出来ないため、「エエ、こ
しゃくな」との語を連呼して、ますますいらだつばかりとな
ったが、およそ五、六合にいたり、将軍は凍った地盤に足を
滑らせ、横様に打ち倒れた。

 この時もしも我党の首領が将軍の不利に乗ずれば、簡単
に勝ちを得ることが出来たが、首領は前から何度か将軍に
卑怯と罵(ののし)られていた語が耳に残っていたので、
ますます持って自分の度量の広いのを示そうとするように、
直ちに剣を投げ捨て自分から将軍を抱き起こして立たせ、
「まだ決闘を継続しますか。」と聞いた。

 将軍もこの度量には少し感心した様子で、「いくら卑怯
者の中でも、さすが首領は首領だけに武士の礼儀を知って
おられる。イヤこれには感心しました。」と評し、更に
「勿論、決闘を継続します。一方が命の尽きるまで。」と
言い、再び闘いを開始した。

 しかし、その幾合か進むに従い、首領の手練が将軍に勝
る事が徐々に現れて来た。将軍は歩一歩毎に自分の地盤を
失うように見えて来た。が、ついに首領のうち下ろす剣先
を返し損じ左の肩先に傷を負った。しかし将軍は気丈にて、
「イヤ初めて手ごたえのある敵に会いました。これは愉快
だ。」と叫び、奮迅の勢いで切り込んだが、これには首領
も、左の手先を傷つけられた。

 これから双方の争いはますます激しく、或いは攻め寄せ、
或いは攻め寄せられ、果てしもなく思われるうち、首領は最
後の手練を示し、鋭く剣を突き出した。将軍は二回までこれ
を受け損じ、特に2回目は狙いたがわず心臓を刺したので、
将軍は、「残念」と叫んで仰向けにどーっと倒れ、又起き上
がることは出来なかった。

 かすかな声で、「顔を、顔を」とささやいた。首領はその
意を察し直ぐに橋げたの明かりを取り、それに照らして自分
の顔を将軍の目の前に突き出すと、将軍は、「余り剣を操る
のが巧妙だから専門の撃剣師かと思ったが、なるほどそうで
はない。専門の撃剣師ならこの国中に私に知られない者は
一人も有りませんから。」

 首領;「イヤ、貴方の手練こそ専門家以上です。コレこの
通り」と言って自分が左の手に受けた傷を示すと、将軍はこ
れを見たけれど、一語を発する力もなく、そのまま息絶えて
しまった。

 首領は剣の血を拭って鞘に収め、馬車に帰って、残ってい
た一人の御者に馬車をやらせ、後も見ずに立ち去った。
 後に残った二人の立会人は将軍の死骸を水際に押し落と
し、立会人の役目を済ませて、これも立ち去った。

 以上は後日の疑いを根絶するため、立会人二人、誠意を
持ってその夜のうちに直ぐに書き留めた始末書である。少
しも事実と違わないことを、名誉にかけて誓うものなり。

    年  月  日    両人 署名

 安雄は青い顔で読み終わった。けれど、騒がない。「父の死した顛末は、前から私が知りたいと心に願っていたところです。この書類をお示し下さったのは、何よりの婿引き出です。深く感謝しなければなりません。けれど、私はどうか父を殺したこの首領は誰であるかを知りたいのです。祖父様、弾正様、貴方はこの書類をお持ちですから、きっと首領の姓名をご存知でしょう。」

 野々内;「然り」
 安雄;「それならどうかして私に知らせてください。サア、どうかABCの表により、その姓名をお綴り下さい。」と言って早くもあの表を指し示した。
 今まで仕方なく無言で控えていた蛭峰は必死の思いで、「姓名を問うたところで無益です。弾正は知らないでしょう。」
 遮るにもかかわらず、弾正は綴り始めた。そうしていよいよ綴り終わった文字を見れば、「我なり」とある。

 安雄は椅子から転げ落ちないのが不思議である。「エ、エ、その時の秘密党首領は貴方ですか。」
 弾正;「然り」
 安雄;「私の父男爵毛脛将軍を殺したのが、野々内弾正、貴方自身だとおっしゃるのですか。」
 弾正;「然り、然り」

第百八十九 終わり
次(百九十)

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