巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 9.16

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百七十五、『結末』 (七)

 いよいよ山賊に捕らわれたのに違いないと、かの馬車の中の客は思った。ローマの山賊がどのようなことをするかはかねて旅人の話に聞き、その頭領の名が鬼小僧とやら言うことと共に知っている。嗚呼(ああ)、警察の目を逃れて、山賊の巣に落ち入るとは、水を逃れて火に投ずるようなものではないだろうか。

 真にかの客は歯の根も合わないほどに驚いた。余り勇気のある人では無いと見える。しかし、それは少しの間で、しばらくすると自分の地位を考えることが出来るようになった。どうしてもこのままではいられない。今のうちに窓を開いて、飛び出して逃げようか、やがて彼は窓の戸に手を掛けた。すると直ぐに例の御者の声が聞こえた。

 「お客様、窓から頭を出すとぶつかって砕けますぞ。」
さては外から一挙一動を見張っているのだ。どうしたら好いだろうと、徒(いたずら)に自分の心を苦しめること何十分に及んだが、そのうちに馬車は止まり、窓は外から開かれて、客は荒々しい手で引き出された。出てみると四人の男が前後左右に取り囲んでいる。

 「何だって俺一人に四人も世話を焼く。」
と客は叫んだ。しかし四人は答える必要を認めない。この憐れむべき人を無言で引き立て、闇のどこへか連れて行く。いよいよここが、サン・セバスチャンの山洞とやら聞いた穴である。地盤が初めは上り坂になり、次は下り坂になっている。この取り付きが洞の入り口の所だろう。左右に番人が立っていることが薄暗く分かる。そうしてその番人の声で、
 「誰だ、そこへ行くのは。」
と咎める声が聞こえた。

 四人は口々に、
 「兄弟分だよ。」
と答えてここを過ぎたが、これから坂の道を曲がる毎に、同じような番人が同じ事を問い、四人が同じ事を答えて進んだ。何丁(何百m)ほど入ったか知らないが、ようやくにして薄暗いランプの点(とも)っている辺に出た。見れば全く荒れ果てた古寺だ。サンセバスチャンに相違ない。ランプの下には多分頭領の鬼小僧という奴だろう、机にもたれて、何か本を読んでいたが、四人の者を打ち見やり、
 「うまく連れて来たか。」

 四人の中の兄貴分らしい一人、
 「ハイ」
と答えた。
 鬼小僧;「人違いではあるまいな。俺の言い付けた人に相違ないだろうな。」
 今の一人断固として、

 「ハイ、相違有りません。確かにパリーの段倉銀行頭取段倉喜平次殿です。」
 この名を聞いて安心する頭領よりも客の方はびっくりして尻餅をつかないばかりで有った。

 真に全くこの客は段倉喜平次なのだ。彼は巌窟島伯爵から得た五百万フランの受け取り証を持ち、これでパリーの慈善協会へ債務を果たすべきを、そうはせずしてローマに逃げて来て、他日墺国(オーストリー)の首府へ行き、再挙を計るという目算で富村銀行でその証書を金に替えたのだ。

 コレまでは何事も無くうまく行ったのに、ここに至って山賊の手に落ちるとは何事だろう。天意だろうか。それとも誰か人間の指図だろうか。
 頭領は又命じた。
 「ドレ、念のためだ。その顔を良く見せろ。」

 四人の中の一人は直ぐに松明(たいまつ)を段倉の顔に指し付けた。実にその差し付け方も手荒である。もし段倉が慌てて首を引かなかったら、眉の毛までも焼かれるところであった。勿論段倉の顔は血の色も無い。全く恐れのために灰色になっている。

 頭領は頷(うなず)いて、
 「イヤ、余ほどお疲れのご様子だ、直ぐに寝間にご案内して上げろ。」
 言葉ばかり丁寧にするとはあんまり馬鹿にした仕打ちだと、段倉は恐れの仲にも悔しかった。

 直ぐに案内されたその寝間というのは、前に野西武之助から直接聞いたとおり、崖に掘った横穴で、いわば一種の土牢である。入り口も牢の名の通り鉄のかんぬきが横たわり、床というのは天然石の上に羊の皮を引いてある。その下には多少の藁や枯れ草も散っている。とても寝間などと名の付けられるべきところではない。けれどここに寝る意外は無いのだから、段倉は羊皮の上に腰を置き、足を伸ばしては見たが、少しも心が落ちつかない。

 一体全体どうして我が姓名を知っていただろう、警察でさえも知らないのに、さすがにここは山賊の技量かもしれない。しかし姓名の知れているのがかえって幸いかもしれない。パリー第一流の銀行家として知られている者を、まさか無碍(むげ)に扱うことは出来ないだろう。こう思い始めるといささか心も休まった。確かに武之助が命じられたとおりに見受けの金は4千万であったように聞いている。

 俺は名高いだけにその倍は取られるだろう。いや一万フランでも良い。或いはその十倍の四万フランでも背に腹は替えられないのだなどと呟き、先ず胴巻きを探ってみると、富村銀行で受け取った五百万フランも無事である。ほかにパリーを出る時洗いざらい持って来た五万フランの金もほとんど手付かずである。

 好し、これならば武之助の十倍するほどの身請け金を払った所で、大事な資本は手付かずに目的の地に行かれると、ようやく高をくくって見ると、まだ直りきらない旅の疲れが出て、羊の皮の上に眠った。

 知らず翌朝はどのような境涯に目が醒めるだろう。

第二百七十五回終わり
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