巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu43

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

四十三、さてその大金

 利かない体を引きずって、わざわざ穴の道を抜けて来た法師の熱心は、実に驚くべきものである。それが狂人の出来る事だろうか。
もし、狂人でないとすれば、アア、狂人でないとすれば、その一心に信じている宝は、必ず確かな証拠があることに疑いないと、初めて友太郎はこの様に心が動いた。

 狂人でなければ実に大変である。知恵、分別総て万人に優れているこの法師が、こうまで思い詰めるとは、万に一つも間違いないものと認めなければならない。狂人だろうか、狂人であるまいか。

 友太郎は走り寄って、「貴方は好くここまで来る事ができました。」と言い、ほとんど、初めて、法師をこの部屋に迎い入れた時の様に、穴の中からその体を引き出して、寝台の上にすえて、自分は椅子を取ってその前に腰を掛けた。

 法師;「おれが利かない体を引きずって穴の道を抜けて来るのは並大抵の事ではない。お前はこれも矢張り狂人の熱心と思うのか。」
 怨むような、そして叱るような、語気をを帯びている。友太郎は、ただ首をたれ、「済みません」と詫びるばかりだ。

 法師;「何も済まない事は無い。この通り土牢に入れらて居る法師が、世にも聞いた事がないような大金の話をするのだから、発狂と思うのは当然というものだ。おれはあえて咎めはしない。兎に角、事の次第だけを、聞いてくれ。」
 今は友太郎は拒む力はない。「ハイ、伺いましょう。」と神妙に身を構えた。
 
 嬉しそうに法師は胸をなでて、よく分かるように繰り返し繰り返し説き出した。
 「良く聞け、おれが仕えていた宰相スパダ家というのはその昔、ローマ第一等の金持ちで、他国の人でさえ、金持ちを形容するのに、スパダ家の様に富んでいるなどと言ったものだ。」

 「今でもその言葉が、一種のことわざになって残っている。お前もきっと聞いたことがあるだろう。スパダの様に金持ちだと言う言葉を」
 友太郎;「ハイ、イタリアで聞いた事があります。」
 法師;「今から三百余年前、即ち千四百九十八年である。当時の法王ヘスリ八世と有名なチイザル・ボルジアが、当時の困難極まる財政を処理するため、このスパダ家の主人を宰相兼大蔵大臣に取り立てた。そのために、スパダ家はその後代々苗字の上に宰相と言う語を加えるのだ。」

 「所がその頃は、この様な大金持ちに官職を贈り、そうして陪食を命じて置いて、料理の中に毒を盛り、その者を殺して、その遺産を、ボルジアと法王とで没収した。歴史を読んだ者は皆知っている。第一に宰相に取り立てられて毒殺されたのが貴族カブララ、その次がベンチ・ボグリョ、三番目がスパダである。お前はこれは聞いた事が在るだろう。」

 友太郎;「ハイ、チイザル・ボルジアがその様な毒殺をしたことは、小学校で呼んだローマ史にもありました。」
 法師;「所が、スパダを毒殺して直ぐその遺産を調べたところが、不思議なのは、その数知れない言い伝えられた金銀財宝が少しも無い。イヤ、少しは有ったが、法王らが予期した百分の一にも足りなかった。」

 「勿論これは、スパダが前の二人の例を知っているから、或いは毒殺されるかも知れないと気遣ってどこかに隠したのだ。隠して自分の子孫に伝えると言う計画を進めていたのだ。法王らもそれを疑い、直ぐにスパダ家の書類を綿密に検査したけれど、少しの手掛かりもない。はては屋敷を取り壊して、地の底まで掘り返したけれど、隠してあるところが分からず、百計尽きてそのまま止んでしまった。如何したところで、無い物を取り出すわけには行かないから、そのまま止める以外は無かったのだ。」

 しばらく法師は息をついで、「このスパダには男の子が一人あった。これが跡を継ぎ、その後代々子孫が続いたけれど、ついに先祖が隠した金は分からず、ただ残っている地面のお陰で貧しいながらもスパダ一家を支えて来たのだ。」

 「けれど、どの代の当主もどうか先祖の隠した宝を探したいと言う希望で、苦しい中から書記を雇って、家に伝わる書類を繰り返し、繰り返し、これ以上は調べようが無いというまでに調べた。
 先ずその調査が凡そ二百年にもわたっただろうか。それでも分からないから、これも同じく泣き寝入りとなったのだ。」

 「所が最後の当主、即ちおれを書記に雇ったスパダは珍しい人傑で、政治上にも様々な働きを現し、宰相と言う先祖の官名通り本当の宰相の職にも一時は就いたほどであるが、この人が政治運動を始める前に、又もこの調査を始める気になり、国中に最も適任の書記を求めて、ついにおれを採用した。」

 「おれは前にこの人と共々イタリアの統一を企てた事が有るから、もしこの宝を探し当てたらその統一論も実行しやすいと思い、全く必死の決心で従事した。もっともおれより前にこの宝の調査にほとんど一生をゆだねた代々の書記が十八人もあったのだ。

 「十八人の学者がついに解釈できずに終わった問題を俺に至って解いたと言えば、学者の自負心も満足するわけだから、勇んで俺は前の十八人の熱心さを一身に集めたと言うほどの勢いで着手した。」

 「勿論誰が考えてもその先祖が大事を取り、人に分からないような隠語でどこかに何かを書き記してあるに違いないのだ。その隠語を探し出すのが一つの仕事。探し出せば、その隠語を解釈するのが又一つの仕事、随分難題ではあるけれど、書類と言う書類は一々順序を立てて、文字は総て書き直して、ありとあらゆる隠語の原則で解剖し、数字は総て順にも逆にも計算し、人間の力で及ぶ限りののことはし尽くしたが、しかし分からない。」

 「それでも俺は失望はしない。なぜかと言えば先祖が毒殺される前に、確かに純金のみでも(ローマの金貨で)二百万クラウンはあったはずだということが色々な計算から分かってきたので、隠した事が少しも疑う余地が無い事になって、今の金に換算すれば二百万クラウンが凡そ千五百万円(少なく見積もって現在の五百四十億円)ほどに当たるのだ。」

 「何と一国の革命をし果たすのに足るではないか。外に金塊、銀塊も沢山あるはず。それに珠玉、宝石の類に至ってはその前の先祖から、何代もの間集めたのが、ほとんど信じられないほどの額である。それらも一まとめになって、どこかに隠して無くてはならない。」

 「今言うと嘘のように聞こえるけれど、一々歴史があるのだから信じないわけには行かない。それに俺のように調べると、益々その信念が強くなるのだ。いよいよ事実だとすれば、さてその大金、その宝は、何処にどう隠してあるのだろう。これが分からないはずはない。」

第四十三回終わり
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