巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu69

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

六十九、その代わりにお願い

 「イヤ手数料には及びません。額面通り二十万円の受け取りを、形式の通り署名してお作り頂ければ、債権と引き換えに、正味二十万円を差し上げます。」旅商人は何処までも正直である。監獄総長の喜びは益々高まるばかりだ。

 こう言いながら旅商人はフと思い出したように、「手数料は要りませんが、オオ、その代わりに貴方にお願いがあります。」と言う。顔には軽い笑みが浮んでいる。
 総長も同じく笑って「願いなら、聞かないうちに承諾してもよろしい。」

 旅商人;「私は子供の頃に英国からイタリアに移った者ですが、その頃イタリアで変な法師に教育を受けました。聞けばその法師が、その後、何でもこの土地の牢に入れられたとか言いますが、前からついでがあったら、この土地に立ち寄って、その法師がどうなったかと聞きたいと思っていました。」

 総長は少し考え、
 「イタリアの法師でこの土地の獄に、ハテな、その様な者は有りませんが、イヤ、待ちなさいよ、無いでも有りません。その名は何と、」
 旅商;「その頃は梁谷と言いましたが、獄へは何と言う名前で入りましたか。」
 総長;「アア、梁谷、梁谷、それならば先ごろ死にましたよ。イヤ、妙な囚人で、その又死んだ事について、不思議な事情が起こりましたので、先日も人に話しましたが、――――。」

 旅商;「ハア、死にましたか。それは可愛そうに。」
 総長;「シタガ、私から聞きたいのは、あの法師は、何か大きな財産などに関係した事が有りますか。」
 旅商;「そうですねえ。富村銀行に今でも、預けた金が残っていますが、」
 総;「エ、富村銀行に、あの法師が預け金が、それは非常な大金ですか。」

 旅商は笑いながら、「ハイ、大金ですよ。二十年来の利子とも加えてわずか七.八十円ですから。」
 総長;「それ切りですか。、」
 旅商;「それ切りです。最もこれはあの法師が無報酬で数人の子弟を教育しましたので、その親たちが月謝のつもりで、彼の積み立てにして銀行に月々貯金をしたのです。私は書記長の職務として、法師のその後の事を知りたいと思ったのです。」

 総長は可笑しさを我慢できないかのように、顔を崩して、
 「アノ法師は何百万円《現在の何百億円》と数知れない大金を持った積もりで死にましたよ。典獄《監獄所長》が狂人だと言いましたが、全く狂人でした。」
 旅商;「兎に角私はアノ法師についての公の記録を拝見したいのです。」
 総長;「それは私の書斎に行けば監獄の記録が、その他の公書と共に全てそろっていますから、ご自分でめくって御覧なさい。」

 二十万円の手数料に、ただ狂法師の記録を見せよと言うのは、五万フランのダイヤモンドを与えた代わりに、赤い皮の財布を欲しがるより、もっと一層軽い希望だから、総長は直ぐにこの人を書斎に連れて行き、多くの帳簿の中から、一冊を取り出して、
 「法師のことはこの冊の中にあるはずです。」と言って指し示した。

 旅商;「イヤ、これよりも大事な取引を先に済ませましょう。どうか、受け取りをお書きください。」
 総長;「オオ、私は安心の余り取引を忘れるところでした。」
 と言い、早速受け取りを書くなどして、ここで取引を済ませてしまった。そして、総長は、自分の命をでも拾ったように、二十万円の紙幣を運んで奥の方へ退いた。きっと妻子にでもそれを示して、一緒に幸運を話し合っているのだろう。

 一人書斎に残された旅商は、直ぐにあの帳簿を開き、簡単に梁谷法師の所を見つけ出したが、この所はただ一応目を通しただけで、更に団友太郎に関する部分を開いた。ここには、蛭峰の署名で、友太郎を尋問した記事もある。けれど、事実とは全く違って、非常な過激な扇動者のように書き、そして勿論友太郎が蛭峰その人の父、野々内へ宛てた密書を持って居た事などは書いていない。最後にその罪案をまとめて、

△ ナポレオンの帰国に最も力を尽くした一人。
△ 過激な王朝転覆論者
△ 釈放したら人心煽動の恐れあり。
△ 公に裁判をするのは非常な危険がある見込み。

 と記してあるのはかって監獄巡視官が見た通りである。そしてその余白に、少し違った筆跡で、「結局、これ以外の処分は無し」と書いてある。これは巡視官が書き込んだものと旅商は理解したらしい。

 外に段倉の作った密告書もある。その封筒もそのまま付いている。封筒にある郵便の消印で、友太郎が捕らわれた前夜に投函した事も分かる。次に森江氏からナポレオンの朝廷へ宛てた願書もある。願書には実際友太郎が非常にナポレオンに忠義であった事を書いて、前の蛭峰の記事と符合するようになっている。多分、蛭峰が文句を口述したのだろう。

 そうしてその願書を握り潰して置いて、その後再びルイ王の治世となった時、手柄顔にそれをルイ王に示したことは、これも余白に蛭峰の手でルイ王への奥書を書き入れて有るので分かる。旅商は非常に満足の様子でこの願書と段倉の密告状及び封筒とを切り取って、自分のポケットに深く納めた。
 ここへ調度あの総長が帰って来た。

第六十九回終わり
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