巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu79

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

七十九、このピストルをどうなさる

 「水夫新八(シンドバッド)より」としたこの手紙、何のために何事を言って来たのだろう。緑嬢は直ぐに封を切って読み下した。
この手紙を読み次第、直ぐにアリー街十五番地の家までお出向きなさってください。その家の入り口に居る管理人の老人に向かい、五階の二号室の鍵をくれと申し出ると、直ぐに鍵を渡してくれますから、それを受け取って、五階に登り、二号室の中をお調べください。

 これだけでも実に不思議な手紙である。緑嬢は知らないけれど、アリー街十五番地というのは昔団友太郎親子が住んでいた借家である。その五階の二号室には、思っても見ないことが有るでしょう。
父上のためになる事ですから、少しも疑わずに、少しも遅れないようにお出向きなされる下さるように。貴方は先ごろ船乗り新八の手紙の指図にきっと従うと約束されました。決して約束に背かないことと思います。

 嬢は読み終わって、顔を上げたが、この手紙を持って来た使いの者は早やどこかに去ったと見え、姿が無い。何処からどの様な人に頼まれて持って来たのか、それを聞きたいと思うけれど仕方が無い。嬢は再び読み直したが、本文の末に下のように追加がある。

 この家には貴方一人で行かなければ、無駄になります。もし代理人をやるとか、他の人を連れて行くと管理人は決して鍵を渡しません。ただし、貴方一人でも危険などと言う事は少しもありません。
勿論、この昼間、人通りも有る平和な土地、平和な家で危険などがあるはずは無い。けれど、嬢は色々考えた末、一層重く心に感じたのは、約束と言う事である。

 「約束したことは必ず守るものです。」成る程、約束には背いてはならない。どうしても行かなければならない。特に、十一時といえば、もう間もないのだ。
 まだ、なんだか落ち着かない気がするので、直ぐに下に下りて、江馬仁吉にこの手紙を見せ、約束の事も話した。仁吉も何の事だか少しも理解は出来ないが、

 「その様な約束があるなら今更ためらう事は有りません。直ぐにお出でなさい。貴方の父上が、約束には背く事なと何時も仰っているでは有りませんか。」
 嬢;「だって」
 仁;「だってと言っても約束ですから。私がアリー街の入り口まで送ってあげましょう。そうして、そこで他所ながら見張っています。もしも貴方がその家に入って、出てくるのが遅いなら、私が直ぐにその家に、ハイ、五階の二号室まで上がって行って上げますから。」もうためらう事はない、「それなら」と言って、嬢は直ぐに仁吉に送られて出て行った。

 出る門口で出会ったのは陸軍少尉の服を着た立派な青年である。嬢は叫んだ。「オヤ、兄さん、おっかさんがどれほど心配して待っていますか。早く顔を見せて安心させて上げなさい。細かい様子はおっかさんが話すでしょう。私も直ぐ後ほどには帰りますから。」 この青年は、母と嬢が呼び寄せた兄の真太郎である。「おっかさんからの手紙の様子で、大抵は理解しているが、何しろ心配だ。」この言葉と共に妹は外、兄は内へと別れた。

 内へ入った真太郎は直ぐに母の所に行き、母が涙ながらに語る一部始終から、今日、ただ今、この森江家に滅亡の時が来たのを知った。知ったからと言ってどうしようもない。ただ、この場合に一家の心配を一身に集めている父の心を慰めるだけである。こう思って母に別れ、父の部屋に行ってみると堅く戸が閉まっている。叩いても返事が無い。

 如何したらよいだろうと、考えながら、戸の外に立っていると、父の寝室の方からなにやら物音が聞こえた。さてはと思い、又そこに行ってみると、父は今しも、手に小さい箱のような物を持って、自分の部屋の方に、出て来るところだったが、真太郎の顔を見るよりも、隠れるように又寝室に戻ろうとした。

 けれど真太郎はそうはさせない。続いてその寝室に入って見ると父は今の小箱を自分の上着のすその方に隠している。その小箱が何であるかは、見慣れている真太郎の目には明らかである。ピストルを2丁並べ入れた箱なのだ。真太郎は母に聞いたこともあり、声もせわしく、
 「お父さん。あなたはこのピストルを如何なさるのです。」ほとんど叱るように聞いた。

第七十九終わり
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