巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.24

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

九十九、「山賊の落し穴」

 今が今まで昼をも欺くほどであったローマの全市が黒暗々の巷(ちまた)となった。耳に聞こえるのは八方に散じ去る馬車の音と人の足音である。
 安雄は少しの間たたずんで居たが、武之助の行方を突き止めることが出来ないので、間もなく気が抜けたような格好で宿に帰った。帰ると直ぐにプラシナノ侯爵の宴会に行かなければならない。けれど、武之助と一緒に案内を受けているのだから、彼が帰るまでは待っていようと思い、先ず馬車の用意などをさせておいて、十一時まで待った。

 けれど武之助はまだ帰らない。何となく心配になってはきたが、これ以上待っていることは出来ないので、宿の主に向かい、もし、武之助の便りが分かったら直ぐ使いをもって知らせてくれと頼んで置いて、宿を出た。やがてプラシアノ侯爵の家に着くと、勿論他の来客は既にそろっていて、皆安雄の遅刻を責め、且つ、武之助が一緒に来ない事を怪しんだ。

 安雄は仕方なく、先ず侯爵に向かい、謝るように、今夜武之助がまだ帰館しない事情を話した。侯爵は勿論の事、そばで聞いている客一同、誰もが心配そうに顔色を変えて驚いたから、さては、あのポンテシの寺の庭の密会《デート》にそれほど危険な意味があるのだろうかと怪しみ、「しかし、何で貴方がたはそれほど心配を感じますか。」と聞き返した。

 誰も直接には返事をしない。或る人は、「イヤ、この頃は、このローマ市街が非常に物騒で、夜は男子でさえ、一人歩きするのを見合わせている程ですから。」と言い、又有る人は、「闇の夜にタイパア川辺に行くことは何時の世でも余り安全ではありません。」と言った。曖昧な言葉の中には多分何か特別な危険なことをほのめかせているのだろうと思うけれど、良くは理解することが出来ない。或いは追いはぎの事でも言っているのだろうかと、ただこれ位に解釈した。

 どちらにしても、人々がこれほどまで言うのは、決してただ事では無い。今からでも、どうにかして武之助を探す工夫は無いだろうかと、安雄が一人、密かに気をもんでいると、主人侯爵は僕(しもべ)の者から何事か聞き取って、安雄のそばに来た。
 「ただ今貴方のお宿から使いの者が来たそうです。」安雄は直ぐに「武之助のことについてでしょうね。」と問い直した。

 侯爵;「そうです。野西子爵から貴方に宛てた至急の手紙を誰だか持って来て貴方の宿に来ているから直ぐにお帰りくださいというのです。」
 武之助から至急の手紙とは、いよいよもってただ事では無い。安雄は胸を躍らせながら、「どちらにしてもただ事では有りません。兎に角、私は失礼ですが帰って来ます。」
 侯爵;「私も残念ながらそれに賛成します。」

 安雄は直ぐにここを立ち出でて、宿から来た使いの者をも自分の馬車の後ろに乗らせ、急いで宿の前まで帰ってみると、人通りの全く絶えた暗い往来に、一人の男が帽子を目深に被って立っている。後ろに居る使いの者は安雄に向かい、「彼が野西子爵からの使いだと言うのです。至急の手紙を持っています。」

 安雄は馬車を止めさせた。さすが気味が悪いけれど、降りてその男のそばに行き、「お前は野西子爵の使いか。」男は無愛想極まる声で、「先ず私に問わせてください。貴方は誰ですか。」
 安雄;「俺は男爵毛脛安雄だ。」
 男;「アア、貴方が毛脛男爵ですか。それなら私は野西子爵からの使いです。これをご覧下さい。」と言って差し出したのは手紙である。

 安雄;「お前は直ぐ返事を得て行くのか。」
 男;「そうです。」
 安雄;「では二階に上がり、彼の部屋まで来い。」
 男は窓の明かりを恐れるようにためらって、「イイエ、私はここで待ちます。」

 安雄は自分の部屋に駆け上って、その手紙を開いて見た。余ほど急いで書いたものと見え、運筆が乱れているけれど、武之助が自分で書いたものに違いない。その文句は、「安雄君、僕の紙入れに二千四、五百円の金はまだ残っているはずです。どうかその金に君の持ち合わせを加え、総額四千円として、この男に渡してください。僕の一命は全くその金につながっています。君よ、僕は今初めて、ローマに山賊のあることを知った。」とある。

 全く武之助は山賊の落とし穴に捕らえられたのだ。あの密会《デート》が山賊の落とし穴だったのだ。そうしてこの四千円というのは、山賊が武之助に言い渡した身受けの金であるのだ。上の文句の次に、更に以下のように追記してある。これは武之助が書いたのではなく、山賊が書いたもので、一種の奥書とも言うべきものである。
 「明朝の六時までに、前記四千円の金を確かに余の手に納めなければ、子爵野西武之助君はこの世に無い人となるだろう。鬼小僧記」。

 これが鬼小僧の大胆な手段である。安雄は震え上がるほどに感じたけれど、手紙の指図に従うほかはない。直ぐに武之助の箪笥(たんす)を開きその中から全ての金を取り出して、これを自分の金と合わせて計算してみると、三千五百円にしかならない。明日になれば残る五百円の都合はどうにでも付くけれど、今は夜も既に十二時だから、どうしようもない。安雄はしばらく考えて、たちまち思い出したのは、又も巌窟島伯爵の事である。

第九十九終わり
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