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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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白髪鬼

             (二十四)

 たとえ泥棒の財産にしろ、たとえ、我が先祖代々の墓倉に隠してあったにしろ、たとえ、また万々やむをえない復讐のためにしろ、カルメロネリに一言の断りもなく密かに取り出して使う事に私はいくらか気がひけていた。私はすでにカルメロネリの口から自由に取り出して使えと許可をもらった。

 このことにしても彼の品が法律上、私のものになるとは思わないが、とにかく私は我が罪が軽くなる思いがして、誰にも遠慮せず、あの宝を使うことができるようになった。喉が乾いても盗泉の水を飲まない君子の戒めは私は決して知らない訳ではない。

 もしあの宝を私の真実の財産とし、一身の楽しみにもそなえ、更に子孫へも残すなどしたら、私の罪は本当に海賊王と歩を同じにするものになるが、私はただ復讐の兵糧(ひょうろう)としてだけこれを使うので、罪が深くても神も人も許してくれるだろう。いや、もし、許さないなら私は復讐を果たした後、甘んじてその罪に服そう。そうだ、カルメロネリと同じように死刑に処せられようとも、嫌がりはしない。

 ともかく私の全ての準備は整った。もはや、この地に長居をする必要もなくなったので、いよいよ、復讐に取りかかるため、明日はナポリに帰って行こう。こう思って私は宿に帰り、荷物などを作っていると、夜の9時過ぎくらいに、名刺をよこして私に面会を申し入れてきた来客があった。

 名刺の表には当地警察署長の肩書きがついていたので、さては、海賊カルメロネリのことについて、何か聞きたいことがあるのだろうと、私は早くも推量し、こちらの部屋に通して面会すると、署長は年の頃まだ40才にもならないくらいで、目つき口振りからしてずいぶん知恵の回りそうな人物だった。

 誰を見ても罪人と思い、初めから疑いかかるようなような俗物ではなく、礼を知り、作法も知っているひとかどの紳士だった。私が「私が笹田折葉ですが」と名乗るのを待って、彼は恭(うやうや)しく《丁寧》口を開き、「外でもありません、今日貴方は海賊と何かささやきながら、話をしたと聞きましたが。」

 「はい、憲兵の許しを得て、その目の前で」
 「さよう、憲兵の目の前で憲兵に聞こえないほどの低い声で」
私は大胆な笑いを浮かべて、
 「ははあ、貴方の目には私が海賊の手下とでも見えるのですな」
 「いや、そうとはまだ申しません」と言って、「まだ」の一語に妙な力を込めて言うのは、大いに私を手下と見なしかねない気か。恐ろしいことだ。

 私がビクともしないのを見て、少し考え、
 「海賊に何をおささやきになったのですか、それを伺いたいものですが。」
 「いや、何をと言われても、私はほんの物好きで、以前からカルメロネリの名前を聞いていたので、どんな人物か話をしたいと思っただけです。それも話の種がないので、群衆の噂をそのまま話の種にして聞いてみました。」

 「群衆の噂とは。」
 「はい、先日、警察署で羅浦五郎と言う者を疑い、その者の船で逃げたのだと言って、その船を調べたとか群衆の者が言いましたので、私はカルメロネリに向かって、俺は羅浦の友人だが、彼に言付けはないかと聞きました。」
「そうすると彼が地中海の船乗りにしかじかと言ってくれと答えたと言うことはすでに憲兵から聞きましたが、その後で、小声で言ったことは何ですか」

「あれは、カルメロネリが私を疑って試すつもりでしょう。お前は秘密を知っているかと小声で聞きましたから、私は以前から何度かの航海に出て、船乗りの会話で聞いていたvaultと言う語を思い出し、ヴォルトヴォルトと答えました。」
「ヴォルトとは墓倉と言う語ですか。」
 
 「はい、船乗りは船の中で物置をヴォルトと言います。墓倉でなく船倉です。」
 「船倉が何の秘密ですか」
私はまた笑いを浮かべ
「お聞きになるまでもなく貴方はご存じでしょう。地中海の海賊らは仲間のことを船倉(ヴォルト)と言うのです。」

 「すると貴方はカルメロネリに仲間だ、仲間だと言ったのですね。実際仲間でもないのに」
 「はい、それですからカルメロネリは怪しみ、俺の仲間には貴様のような者はいないと言い、貴様が余り良く変装しているから俺には分からないと言いました。ただ、これだけの問答で、すぐ憲兵に引き離されましたが、カルメロネリは私の白髪を見て、ことによると手下の誰かが姿でも変えているのではと怪しんで、決めかねていたようです。」

 話せるだけの真実を話し、吐けるだけの嘘をついた私の返事を、署長は少しは信じ始めた様子だ。ヴォルトの語を仲間の暗号とは私の作り事ではなく、少し地中海を旅行する者なら誰しも聞き知れる事なので、署長はなおさら真実と思ったようだった。

 私はこの機会をはずさずに「私が真実カルメロネリの手下とか、仲間とか言うのなら、第一調べが厳しいこの土地に2ヶ月以上も逗留するはずもなく、ましてや、カルメロネリの逮捕と聞いたらそのそばに寄りつきません。大胆に憲兵のそばで彼と話しなどするものですか」この弁解はまたも署長を一分ほど私の方に引き寄せたことは、その顔つきで明らかだった。

 なおも、私は歩を進め、
 「しかし、お役目ですから、私を疑うのは当然です。私も十分疑われ、その変わり、後にはチリほども疑いを残さないように弁解しておきたいと思います。これから、私はナポリに永住する身ですから、少しの疑いでもつきまとわれては困ります。」

 「ごもっともです」
 「それとも、カルメロネリの仲間の中で、私に似通った者でもいて、その者がまだ逮捕されていないとでも言うのですか。」
 「いえ、そうではありません。もし、そのようなことがあれば、こうして私が面会など願わず、すぐにも貴方を引き立てるかも知れませんが、そのような事がないから、今のところはただ怪しむだけに留まり、この通り、貴方の名誉にさわらないように、私服のままで内々にお尋ね申しているのです。」

 「では、こうしていただきましょう。誰か貴方の手の者の中でカルメロネリの仲間の者を残らず知っている者はいませんか。もし居ればその者に私の顔をじっくり見せれば、私が果たしてカルメロネリの仲間の一人か否かすぐ分かるでしょう。」
 署長は満足な様子で
 「はい、私も実はそう願いたいのです。失礼ではありますが、幸いカルメロネリの仲間を残らず知っている者がいますから、その者に貴方の人相をじっくり見せたいと思い、実は連れて来て、外に待機させています。」

 こんなにしてまで、私を疑っているかと思いば、私は今更ながら過ぎ去った危険にぞっとしたが、人相を見られるのは何よりも希望するところだ。私の顔がカルメロネリの手下の顔に無いのは勿論のことなので、私はほとんどうれしそうに「すぐその者をお呼び入れなさい」と言う。

 署長は後ろを向いて、高く咳払(せきばら)いを発すると、これが合図と見えて、声に応じて入って来たのは、先刻カルメロネリに罵(ののし)られていた、あのビスカルダイとやら言う男だった。彼は、署長の耳に何事かささやくと、すぐに署長は私に向かい「失礼ですがどうぞ、そのサングラスをはずしてください。」と言う。

 「いや、私は眼病なので、これをはずすのは医者から止められていますが、今は、致し方ありません。さあ、良くご覧ください。」と言い、めがねを外してハピョの目をむきだした。

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