hakuhatu85
白髪鬼
マリー・コレリ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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(八十五)
ナイナの喜ぶ様子は何度も見たが、この時のように真実熱心に喜んだのは見たことがない。彼女はほとんど我を忘れて、私にしがみつくかと思われたが、自分でも余りはしたないと思ったのか、少し落ち着いて、
「え、その宝を私にくださるとおっしゃるのですか。」
「はい、婚礼が済めば直ぐに。」
「直ぐ私に、みんな残らず。」
「はい、みんな残らずでも、その中の好きな物だけでも、すべて貴方の思いのままです。その中には血よりももっと赤い紅宝石も有れば、恨み重なる復讐者が切り結んだ刀の光よりもっと光るダイヤモンドもあり、真珠は死んだ少女の握った手よりもなお清く、黄珠は薄情女の心よりもまだ変化に富んでいます。」
と私はナイナに愛想が尽きた余り、知らず知らずにこのような恨めしそうなたとえを引くと、ナイナは聞いていて、ぞっと恐ろしさに身震いをするように見えたので、これはしまったと私は驚き、言葉を和らげ、
「おや、夫人、貴方は何に驚きました。ああ、私の喩(たとえ)えが気にさわりましたか。これはこれはとんでもないことを言いました。ご覧の通り、私は武骨者で詩人の言うようなきれいなことは言えません。ただ心に浮かんだままを喩えたのです。」と慰めると、根が欲心に満ち満ちており、ただうれしさがこみ上げてきたばかりだったので、直ぐに機嫌を直した。
しばらくして、彼女は何事か考えながら、「そのような品はネープル(ナポリ)にはまたとは無いでしょう。」
「ネープル(ナポリ)はおろかパリに行っても有りません。恐らく世界中にまたとないでしょう。」ナイナはますます笑い喜んで、
「私がそれを飾ればどれほどかネープル(ナポリ)中の夫人達がうらやましがることでしょう。ですが、その宝はどこにありますか。すぐに拝見することはできませんか。」
ああ、彼女が見たいというのは私が何よりも満足するところだ。私は早復讐のことがうまくいったと彼女よりも一層喜んだが、その様子は毛ほども見せず、
「勿論お目にかけますとも、しかし、今すぐというわけにはゆきません。明晩お目に掛けましょう。明晩、婚礼の式が終わった後で。」
「おお、待ち遠しいこと」
「待ち遠しくても明日の晩です。その時にはもう一つの約束と共に」
「え、もう一つの約束とは。」
「それは、貴方がいつか私にこの黒めがねをはずして私の目を見せろとおっしゃったでしょう。」
「はい、申しました。自分の夫がどのような目であるかそれを知らずにいると言うことは有り得ませんので、それも宝と一緒に見せてくださりますか。」
「はい、その代わり私の目は宝と違い、夫人達が見て喜ぶような優しい目では有りません。」むしろ恨みに光る恐ろしいハピョ・ロウマナイの目ですよと、ほとんど口まで出かけたが、これだけは言わずにやめた。
「世間の人は喜ばなくても私は喜びます。ですが今おっしゃる宝はどこにあるのですか。」
私はまたも声を低くして、
「実はですね、誰も気がつかない不思議なところに隠してあります。」
「まあ、貴方は本当に昔話のようなことをおっしゃる。まさか山の洞穴の中ではないでしょうね。」
「まあ、そんなところだと思っていれば失望しません。それを見るには私と一緒に少し歩かなければなりませんから。」
「しかし」
「しかし、そんなに山の洞穴と言うような遠い所ではありません。これがもし世間に類が有るような宝なら別に隠しておく必要もなく、自分の家が心配なら確かな銀行に預けてもかまいませんが、又と類のない逸品で、どんなに正直な人でも欲しがらずにはいられないほどの品なので、いたずらに人に見せ、欲しがらせるのは意地悪です。自分の妻以外の者には金銭でも譲る気はありませんので、それでひた隠しに隠すのです。それもこれも全て我が妻のためですから。」
ナイナはますますその宝が容易なら無いのを思い、今は見たさに耐えられないように、
「それで、明晩の何時頃に」
「そうですね、婚礼が済んで祝宴となり、来客は皆踊り興じ夢中になっている暇をねらって、そっと二人で忍んで見てきましょう。」
余りに異様な時なので、さすがの彼女もなんとなく危険に思うのか、私の顔を見つめたので、私は奥の手を出し、
「いや、何も他人に盗まれる心配のないごく安全な場所ですから、明晩急いで見てくることもないでしょうが、明後日の朝、貴方と二人でパリへ向けハネムーンの旅行に立ちますから、その旅行が済み、帰ってきてからゆっくりと見ると言うことにしますか。」と言うと、彼女はたちまち私の術に落ち入って、
「いえいえ、明夜見て来ましょう、折角そのような宝があるのにそれを持たずにパリに行くのは馬鹿げています。その中の主なものを持ってパリに行き、すぐ宝飾師の店に送り、いろいろな飾り物に作らせれば、それだけで、もう我々の噂はパリ中の貴婦人社会へ聞こえ、世にこのような宝を持っている人が有ったかと驚きます。はい、明夜いくら遅くなってもかまいませんから、見に行って取って来ましょう。」
私はしめたと思い、腹の中で一人微笑んだ。
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