巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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         椿説 花あやめ     

作者 バアサ・エム・クレイ女史 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳

since 2022.7.15

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          十二 愛の中の理、理の中の愛 

 真の母子でありながら、草村夫人と松子との気質は、全く違うであろう。夫人が掛引きが巧みなのと同様に、松子は真面目である。夫人は直ぐに目上の人の機嫌を取るが、松子は寧ろ目下に向かって優しい。夫人は腹よりも口先に親切が有るけれど、松子は口先で無く腹の中に同情を持って居る。

 母が細工や偽りで漕ぎ抜ける場合を、娘は真心と正直とで押し通す。男で云えば母が策士で、娘が勇士とも云う様な者だろう。何事が有っても、母と娘との意見が違う。けれど娘は娘だけに、小さい事柄は遂に我慢して、母の意に従ってしまう。

 その代わり、大きな事柄になると、母が何と云おうとも、固く執(とっ)て動かぬ場合がある。それだから母ながらも時に依ると娘を恐れ、もう少し従順で有って呉れれば好いにと思う事も有るのだ。

 蔵戸子爵の事に就いても、母の方は全身全霊で同情を表した様で、実は損得の感情を先に立てて居る。娘の方は別に何とも云わないけれど、腹の中で子爵を、真に気の毒な人だと思い、同情を包んで居る。大変な違いと云うべきだ。

 子爵の方はこうだとは知らない。只だ夫人から返事の手紙を得た翌日に、何の様な親子に逢うことかと怪しみ、取り分けて娘松子が何の様な女だろうと気遣いつつ、馬車で草村家を指して行き、その門に到って降りた。

 見ると家の様子が仲々小綺麗で、箱庭の様に出来て居る。
子爵は春川梅子の家の様子を思い出した。あの荒れ果てた広い屋敷と、此の研(みが)き立てた小作りな家と、何方が蔵戸家の相続人を育てるのに適当して居るだろう。

 何うも此方には、偽りとか虚飾とか云う様な様子が浮き出て居るかとも疑われる。
 飾った作りは、俗人の目は驚かせるには好いけれど、子爵の様な、此の屋敷よりも百倍も立派な家に住み慣れて居る人から見ると、何だか片腹痛い心地がする。

 しかし子爵は厳重な且つ公平な人である。直ぐに我と我が心を叱り、イヤイヤ、此の身は蔵戸家相続人を見立てると云う、重大な責任を持って居るのだ。家の作りなどを見て、早くも心の底へ偏頗軽重と云う、傾いた考えを起こしては成らない。

 草村夫人が寡婦の 身でありながら、此の様に家の外見にまで注意が届き、何も彼も研き立てた様にして有るのは、彼の絵画のみに夢中となり、家の事さえ打ち捨て置く、春川春堂に比べて、立勝って居るとも云うべきである。

 何うか此の家で、春川梅子にも勝る程の相続人を見出したい。実際彼女に優る女が有ろうとは思われないけれど、若し有ったなら、それに上越す幸いは無い。
 此の様に思い直し、本当に虚心坦懐と為って、玄関に進み案内を請うた。

 間も無く客室へ通されて、入って見ると、所帯の心配に少し窶(やつ)れて居るかと疑われる顔へ、強いて裕福げに笑みを浮かべた五十恰好の夫人が、恭々(うやうや)しく立って居て、露の垂れる様な優しい声で、

 『オオ蔵戸子爵、ようこそお出で下さいました。』
と叫んだ。その打ち解けた待遇は嬉しいけれど、何だか『誠』と云う心が薄い様に子爵は声の調子で感じたけれど、是れは僅(わず)かの間である。引き続いて二言、三言、場合相当の挨拶が双方の口から出て終わると、直ぐに夫人は、その身の背後に居た娘の手を取って連れ出し、

 『これが私しの娘です。松子と申します。』
と言って引き合わせ、そうしてその身は、松子が何の様な感を与へるか知らんと、熱心に子爵の顔を見詰めて居る。これは、今まで誰とても、初めて松子に逢う場合には、その美しさに打ちのめされる様な様子を洩らすので、夫人は子爵の顔に、その様子を見たいのである。

 一分間と経たないうちに、全く母御は満足した。子爵と雖も数には洩れない。確かに美しさに打ちのめされた。
 松子が美人と云う事は、兼ねて聞いて居た。けれど今まで子爵の多く見た美人とは、美しさの質が違う。若し之を春川梅子に比べて見ると、梅子のは透き通る程の美しさで、松子の方は、奥の知れない様な深い美しさである。

 而も一つ年上だけに、此方の美が発達して居る。梅子は清い美で婀(あどけ)なくて、少しも偽りと云う事の出来ない質だが、松子は高い美で落ち着いて居て、重い大いなる責任にも耐える質である。若し梅子の涼しい眼が慈悲を以て天下の罪悪を感化する力があるとすれば、此方の締まった唇は、国家の秘密を托されても、決心を以て守り果たせる力が有ろう。

 初めて梅子に逢った時は、只だ親しさを覚えて、我が児の様に感ぜられたのであるが、松子に向かうと、敬(うやま)いの念が加わって、拝み度い様な気がする。早や子爵は疑い惑うた。何方が蔵戸家の後嗣(あとつぎ)に適するだろうと。

 今が今まで、梅子の外に適任の無い様に思って居たのは、大変な間違いである。愛の心の梅子に傾けば、理の心は松子に傾く。人心の愛と理と、何方が強いか。千古の大問題であるが上に、殊更に、此の場合には、愛の中にも理が有って、理の中にも愛がある。

 終に何う決する事やら。

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