巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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      椿説 花あやめ     

作者 バアサ・エム・クレイ女史 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳

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      椿説 花あやめ     黒岩涙香 訳

          四 梅子と松子  

 死に絶える事のみと思って居た家に、遠いながらも血筋を引いた娘が二人残って居るとは、先ず目出度い知らせである。蔵戸(くらど)子爵は聊(いささ)か言葉に力が付いて、
 『では此の家が先ず断絶せずに済む事には成りますネ。シタがその二人の少女は名を何と云います。』

 瓜首は子爵の心に、少しでも元気が出て来たのを喜んで、
 『ハイ、一人は春川梅子と云い、一人は草村松子と云います。』
 子爵『ハテな、春川に草村、梅子に松子、少しも聞いた事が無い。』
 瓜首『その筈です。四代前に当家から勘当せられた弟の子の玄孫(ひまご)ですもの。』
 子爵『それでは私には何に当たりますか。』
 瓜首『従妹(いとこ)に当たります。遠い従妹に。左様さ、三代目の従妹です。』

 子爵『フム三代目にもせよ、従妹ならば立派に蔵戸家の血がその二少女の脈管に流れて居るのだ。それならば、何故今まで音信不通で有ったのでしょう。』
 瓜首『それはその勘当された方が強情で、終に当家へ詫びもせずに死んだ為です。此の人の孫に娘が二人有りまして、姉の方は春川春堂と云う画家に縁付き、一女を残して死んだのです。

 その残した一女が即ち今申す梅子です。父春堂と共に今も此の国の南の海岸に在るノスヒルドと云う所に住んで居ます。妹の方は倫敦(ロンドン)の町人、草村仙蔵と云う人に嫁し、之も一女を儲けました。此の一女が松子です。併し父仙蔵は間もなく死に、松子は母と共に倫敦のバークレーンと云う屋敷町に住んで居ます。何でも余ほどの美人だと云う事です。』

 子爵『それでは、梅子の方は、父と共に田舎に住み、松子の方は母と共に都に住んで居るのですね。』
 瓜首『その通りです。』
 子爵は少し考えて、
 『成るほど、血筋の上から云うと梅子も松子も、私に対し同じ関係だから、同等に此の家の相続人となる権利がある。シタがその松子の母と云うのが、私と二代半の従兄妹(いとこ)に当たるから、血筋の上からは此の方の権利が一番近いのですね。』

 瓜首『ハイそうでは有りますが、此の方は年がもう五十ですから相続人の候補者とするには不適当です。若し血筋のみを云えば、此の方よりも更に近い方も有ります。』
 子爵『エ、それは誰れ。』
 瓜首『貴方の姉君葉井田夫人です。』

 子爵『成るほどそうだ。』
 瓜首『けれど葉井田夫人も、今云う草村夫人と同じく、もう相続人の候補に定められるべき年齢で無い事は、無論です。』
 子爵『シタが昔から此の家に、女を当主とした例が、何度ありますか。』

 瓜首『ハイ、女で家名をも爵位をも相続し、此の家の女王と為った方は三人有ります。家憲の定めに依りますと、男子が絶えた場合に女子が継ぐ、併しその女子は夫を迎え、夫に蔵戸と云う姓をを名乗らせなければ成らないと有ります。』

 子爵『それでは松子か梅子の中を、相続人にして、夫を持たせれば好い。』
 瓜首『そうです。その事を至急にお勧め申す為に、私は今日参上したのです。』
 松子梅子、先ず二人の中の何方かをと、相談の一段落は付いた。

 子爵『けれど何方にすれば好いでしょう。』
 今までの子爵ならば、この様な愚痴な問を発しはしない。自分でテキパキと極めてしまうのだが、是だけ此の度の事変の為に衰えたのだ。

 瓜首『それは貴方が優劣を見て、選り定めなければ成りません。』
 子爵『イヤ私にはとても出来ない。二人とも、もう年頃の女でしょう。』
 瓜首『ハイ、梅子が十八歳、松子が十九歳の様に聞いて居ます。梅子は姉の子、松子は妹の子なんです。』

 子爵は非常に当惑の様子で、
 「イヤ女が十八、九と為れば余ほど賢い。少しでも駆引きが出来る女なら、私は直ぐに煙に巻かれ、此の方が好いと云う様な事になります。けれど駆引きの旨い様な女は、此の家の相続人としては、成ってはらない。何うしても此の品定めは、葉井田夫人にして貰う外は無い。夫人を之に呼びましょう。」

 この様な重大な相談に、婦人を加えると云う事は、日頃瓜首の好まない所である。けれど今は子爵の決断心が非常に減退して居るのを見、仕方無く同意した。
 頓(やが)て葉井田夫人は迎えられて来た。そうして子爵から事の仔細をじっくりと聞いて、

 『私は先日から思って居ます。何しても子爵が婚姻し、新たに相続人が生まれるのを待つ外は無いと。』
 成るほど之は、家の為を思う真心から出た思案である。子爵のこの提案に対する返事は如何と、瓜首は子爵の顔に目を注いだ。子爵は殆ど戦慄の体で、

 『飛んだ事を云う。今更私が妻を迎えたとして、子など出来ますものか。年も取り此の通り衰えて居ますもの。妻を持てば子の出来ないうちに、自分が此の世を去ってしまいます。』

 全く言葉の通りである。とても子爵の健康が婚姻に耐えられようとは見えない。併し葉井田夫人は、自分が云うべき義務だけを云い終わった事に満足して、
 『成るほど、貴方がそう仰有(おっしゃ)るなら、瓜首さんの云う、その二女の中から選ぶ外は有りますまい。草村松子と云いましたか、大層好(よ)さ相な名前ですねえ。私は此の名が好きですよ。』

 子爵は慌てて、
 「イイエ、私は春川梅子と云う名が好きです。」
 若し実物を見た上で、矢張り此の通りに、意見が割れ、決する事が出来なかったなら、何うしよう。きっと面倒な事だろうと、瓜首は早や胸の中で心配した。



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