巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ikijigoku38

活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.6. 6]

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

 

   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第三十八回 栗山角三の手紙2 

  前回には鳥村槇四郎の第二回の通信を載せたが、ここには栗山角三のの第二の通信を掲げる。
  「棒田夫人よ。私は此の十日間、此の地の牢屋に在った、今漸く出て来たばかりである。こう云えば驚くだろうが、都合があって自ら好んで牢に入った訳だから、少しも心配するには及ばない。

 前便で既に知らせた様に、私は聾(ろう)商人および自称士官と三人で宿を取った。自称士官は私の敵なので油断なく眼を注ぎ、一方に於いては、聾(ろう)商人から当地の様子を聞こうとしたけれど、是ぞと云う程の事を聞き出す事は出来なかった。依って宿屋の主人に様々に問い試みたところ、今井兼女の事は略(ほぼ)分かったが、唯驚くべきは、兼女が在外革命党に連累するとの嫌疑を以って、当地の獄に下されて居るとの一条である。

 牢に居る者は、親戚朋友が容易に面会する事は難しい。私は殆ど失望した。しかしながら、是より又牢の中の有様を聞き糺(ただ)したところ、当地は牢屋の規則は甚だ緩やかで、男女が混交している上に、囚人同士が互いに話も出来るとの事なので、私はここに於いて、自ら牢に入れられる外はないと決心した。

 厭々ながら止むを得ず牢に入る者は数多くあれど、自ら求めて牢に入ることは、簡単な事では無い。私は種々様々に工夫を廻らすうち、翌日の昼となり。巡査が旅行券を検めに来たので、私は是こそ天の与えであると思い、旅行券を忘れて来たと答えた。

 巡査が若し慈悲深い人で、
 「然らばここに居る人々を証人に立て、巴里から旅行券を取りよせよ。」
とでも言われれば、私の目的はガラリと外れるので、私は何か此の巡査が意地悪な人であって欲しいと祈っていたが、幸いにも意地悪な人であった。

 然らば同道せよと言ったので、私は直ぐに座を立ったが、此の時二人の顔を見ると、二人とも非常に驚いた体であったが、中にも聾(ろう)商人は真実の驚き、自称士官はその実、気味好しと思う様子なので、私は初めて自称士官奴が、既に私を何とか云って訴え出た事を知った。

 彼は私の邪魔をしようとして、反って私の手伝いをした。笑うべしだ。私はヤッとの事で、笑を噛み殺した。やがて一通りの調べを受け、此の日の中に牢屋へと送られたが、幸い私の財布には、充分な金子があるので、従って牢番の取り扱いも好い。

 直ぐに今井兼女を探し出す事が出来た。兼女は私が前から思って居た通り、背高く肥え太っており、中々落ち着いた中々利口気な女である。私は旨く之に取り入り、翌日運動場へ出たとき、兼女と共に少し離れた所に腰を下ろし、実は柳條健児の使いであると打ち明けたところ、兼女は非常に驚き宛も余を試験する様に柳條健児の人となりから、容貌などを問う。

 私は充分に呑み込んで居る事なので、一々はっきり返答し、且つは彼が非常に喧嘩好きの気質により、此の程独逸士官と異様な決闘をなし、私自ら介添人となり、決闘の後に三十日も家に匿(かくま)い介抱した事を話し、その上先日兼女から柳條に送った手紙の大意まで話したので、兼女は初めて私を信じ、将に大事を打ち明けようとする間際まで推し寄せたのに、是が世に云う寸前尺魔とやらで、此の時牢番に案内され、此の運動場に入って来る男があった。

 誰かと見れば驚くべし、私の競争者自称士官である。彼は公然と牢屋まで見廻る権利あることを見れば、余ほど警視総監に信用せられる探偵であると思われる。私は一目で彼の目的が、私と同じく兼女に在る事を見破ったので、彼を懲らしめて遣るため、突々(つかつか)と其の傍に歩んで行って愚弄した。

 彼は左あらぬ体で退いたが、後から直ぐに小使いを使って、兼女を書記局まで呼んで来させた。是が為、私は兼女から将に聞こうとした大事を聞く事が出来なかった。一刻千秋の想いで待って居るうち、凡そ一時間ほどを経って、兼女が帰って来たので、先の話を告げようとしたところ、兼女の様子は全く変わり、

 「今私を読んだ人も柳條健児の使いだと云いましたが、貴方と今の人と、何方を実の使いだと認めて好(よ)う御座いましょう。」
と問うた。私は及ぶだけ辨を掉(ふる)ったけれど、その甲斐なし。兼女は是からは大事を取り、何の話もしない。

 アア彼自称士官、是で私と同じく大金に目を附ける者である事が分かったけれど、それにしても、彼は遺言書を何(ど)うする積りなのだろう。私と同じく柳條を攻める積りか、察するに彼は柳條の反対者鳥村槇四郎に売る計(企)みに違いない。何しろ面憎い奴である。

 私は是から様々に勉めたけれど、兼女の心を得る事は思いも寄らない。永居する丈無益であることを知り、監獄長に実は旅行券を行李の底に仕舞(しまい)忘れて居たと白状し、長々と取り調べを受け、長々と説諭せられ、十日目に放免せられて宿に帰ると、聾商人も自称士官もまだ滞在していた。特に自称士官は空々しく種々の見舞いを云った。

 この様な次第なので、今井兼女を攻めても最早(もは)や無益だ。今度は方角を変え無ければならない。自称士官も更に根強く運動する様子なので、私も彼に劣らず運動しよう。特に私は自称士官が未だ知らない事を知って居るので、今の所では私の方が一足前へ進んで居るのだ。それは他の事ではない。今井兼女は自ら読み書きする事は出来ないので、先日の手紙も他人に書かせた者である。

 その他人とは誰だろう。未だ確かには分からないけれど、その人は兼女から充分に信用を受けた者である。事に由ればその人は兼女から遺言状を托せら、之を持って柳條に逢おうとして、既にパリまで行ったかも知れない。之さえ分かれば大願成就疑いなし。依って私は是から直ぐに此の点を探り極め、充分に分かった上で直ちに巴里に引き返そうとして居ます。

 それまでの所宜しく留守を頼む。呉々も澤子を鎮め置かれよ。
                             
 ペリゴーにて
                                                   栗 角
  棒田夫人へ


次(第三十九回)へ

a:383 t:2 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花