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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第四十三回 彼奴は鳥村

 

  町川は驚く柳條を推し鎮めて、
 「僕の話より先ず聞く事がある。君は何して外へ出た。僕が外出するなと忠告して置いたのに。」
  柳「それがサ、非常な事件で、実は昨夜上田栄三氏が来て、
 『早く転居するのが好いだろう。』
と云ったから家を探しに出たのだ。」
  町「転居とは政府で君を狙って居るとでも云うのか。」

  柳「そうサ、既に此の家へ目をを附けて居ると云う事で。」
  町「フム若しやその様な事じゃないかと思った。それは益々大変だ。何しろ万事手早く仕遂げて仕舞わなければ了(い)けないが、それから何した。何して今の鳥村槇四郎と合乗りして居た。」

  柳「全く偶然の出来事サ。」
と言って彼の馬平侯爵が怪我をした事から、槇四郎が無理に附き纏(まと)った事を語り、
  柳「僕の話は是だけだが、君は彼方(あっち)で何の様な結果を得た。無論今井兼女に逢っただろうネ。」
  町「緩(ゆっく)り逢って話をしたが、遺言書はもう兼女の手には無いぜ。」

  柳「ヤ、そりゃア大変だ。誰かに奪われたのか。」
 町「奪われはしない。こう云う事実だ。兼女は千辛万苦を嘗(なめ)て露国(ロシア)から帰り、直ぐに様子を探って見ると、鳥村槇四郎が公証人と腹を合せて、金満中佐の遺産を横領しようと掛かって居る事が分かったから、兼女は直ぐに君に宛てて手紙を出したと云う事だ。」

 柳「エ、僕に手紙を」
 町「そうサ、君の居所を知らないから、陸軍事務局へ宛て柳條まで届けて呉れと書いて置いた相だ。所が此の手紙は君に届かないだろう。」
 柳「勿論届かない。」
 町「左すれば途中で此の手紙を横取りした奴がある。僕の考えではそれが必ず栗角だ。栗山角三だ。」

 柳「成る程そうだ。」
 町「けれどナニ栗角は恐れるに足りない。彼は既にペリゴーに手を焼いて、島村よりも先に飛んで帰ったから、先ず最も恐るべきは鳥村だて。」
 柳「実に恐ろしいなア。人の手紙を横取りして、未だ事実も確認しない先に、直ぐにその秘密を当人の僕へ、百万法(フラン)で売り付け様とする。」

 町「それより未だ恐ろしい事がある。兼女が手紙を出した翌日直ぐに、巴里から兼女へ宛て手紙が来た。それには柳條健児からと立派に君の名を書いてあったと言うことだ。」
 柳「エ、僕の名を、それでハ誰か贋手紙を書いたのだな。」

 町「今から思えば無論贋(にせ)手紙サ。けれども兼女はそうと知らず、君から来たと喜んで姪に読んで貰うと、中には早速叔父の遺言書を持って巴里へ上って来い。何町何番地に待って居るから。」
と書いてあった。
 柳「その何町何番地と云うのは、僕の番地かえ。」

 町「無論君の番地じゃないのサ。贋(にせ)手紙を書いた曲者が、自分の都合の好い所を書いて遣ったのだろうサ。けれども残念な事には、兼女がその番地を覚えて居ない。何でも僕の考えでは、是が島村槇四郎の仕業に違いない。彼奴(きゃつ)は同腹の公証人から、兼女が帰った事を聞いたたため、何が何でも兼女が君に逢わないうちに、早く遺言書を奪って仕舞わなければならないと、直ぐ様君の名を騙(かたり)り、贋手紙を書き送ったのだ。」

 柳「成る程爾(そう)だろう。それから。」
 町「それから兼女は直ぐ様、その番地へ宛て直ぐに行くと返事を出したが、良く考えて見ると、万一途中で島村か誰かに待伏でもされてはならないと、大事の上にも大事を取り、自分の姪を寄越す事にした。」

 「ハテな。姪とはお梅の事かな。」
 町「そうサ、そのお梅サ、お梅なら幼い時、君と互いに顔も知り合って居るし、その上身体も丈夫。機転も利き自分で行くより返って安全だろうと、そのお梅に遺言書を持たせ、直ぐ様巴里へ出発させた。」
柳「それは何時の事だ。」

 町「初めて手紙を出した翌々日だ。その頃知っての通り戦争中で、政府の事務もごたごたして居たから、事によると、お梅の方が最初の手紙より先に、巴里へ着いたかも知れない。」
 柳「シテそのお梅は。」

 町「サアそのお梅が遺言書を持ったまま、今以て音沙汰なしだ。」
 柳條は非常に失望の色を現わし、
 「ではもうお梅は佶(きっ)と、その遺言書を奪われた上、殺されたて仕舞ったのだ。アノ島村の野郎めに。」

 町「イヤそうではない。鳥村が若し遺言書を奪ったなら、ナニも再びペリゴー迄、兼女に逢に行った筈がないから。僕の考えでは必ずお梅が、途中で島村の奸策と気が付き、その番地へ尋ねて行かずに気永く君の居所を尋ねる積りで、何所か此の巴里に隠れているのだ。兼女の話を聞くと、お梅と云うのは男も及ばないほど心の据わった智慧の捷(はしこ)い女だと云うから。」

 柳「そうかなア、そうして見ると是からお梅を探すのが肝腎だネ。」
 町「そうサ、それだから此の通り僕が帰って来たノサ。」
 柳「けれども君に捜し出す事が出来るだろうか。」
 町「出来ても出来なくても、探さなければならない。唯困るのは時日が逼(せま)っているので」

 柳「そうサ、栄三氏が馬平侯爵に金を返す期限が九月十一日で、その間に合わなければ困るから、
 町「イヤ僕が云うのはその時日じゃない、我々が明日にも捕縛されるかも知れないから。それで緩々(ゆるゆる)と探す間がないと云うのサ。見給へ、アノ島村の活発に働いて居る事を。彼奴め僕より僅か十二時間先に立ったから、夜前遅く帰り附いたのに違いないが、それでもう君の後を尾(つ)けて居るじゃないか。

 彼奴は警視総監直接の第一等の探偵で、今僕に逢ってからは僕が君の為に働いて居る事を悟って仕舞った。決して君を僕の雇人とは思いはしない。今までは、僕を敵の片割れとは夢にも知らずに居たけれど、もう何も彼も悟ったから、是からは彼奴を敵にして働かなければならない。彼奴は必ず邪魔者を払う積りで、僕と君とを牢に入れる手段を廻らすから見給へ。屹度(きっと)だよ。だから牢に入れられない中に、お梅を見出さなければ仕方がない。それにしても何より先に島村の住居を突き留め度いが、それが分からないから誠に運動が仕憎いよ。」

 柳「彼奴の住居は僕が知って居る。先にソレ老白狐が捕らわれた家だよ。」
 町「湖南街十三番地かネ。」
 柳「そうだ。」
 町「イヤそんな事はない。」
 柳「でもそうに違いない。」
 と云って、柳條は島村が門苫取(モンマルトル)の穴から出て、湖南街十三番地に入って、再び出て来たのに相違ない次第を語ると、町川は暫し考え、

 「フム成るほど。そうかも知れない。彼奴も国事探偵老白狐も国事探偵で、互いに知り合って居たのみならず、事に寄ると湖南街十三番地を共同の事務所にしてあったのかも知れない。そうだ。そうだ。アノ家は何でも探偵の事務所らしいと誰だかそう云ったよ。好し好し、是で彼奴、先ず彼奴の事務所だけは分かった。

 是から探るのは、お梅が何所に居るかだ。この巴里へ着いて何したかと云う一条だ。柳條は暫し黙然と考えた末、
 「ハテな、お梅が湖南街十三番地へ尋ねて行きはしなかったか。」
 町「ナニそんな事は無い。彼所(あそこ)は共同の事務所で、若し尋ねて来れば、同僚の老白狐に嗅ぎ附かれるから、鳥村は決して彼所へ尋ねて来いと云って遣る筈がない。探偵と云う者は、互いに腹の中で擦れ合って、何事でも隠し合う者だから。」

  こう云う折しも、〆切ってある此の間の入口の戸を、外から「トンーートン、トン。」
と異様な調子に叩く者がある。町川と柳條は一様に怪しんで、
 「オヤ此の叩き方は吾々秘密党の合図だが。」
と同じく顔色を変じた。アア秘密党の合図を知り、此の様に戸を叩くのは何者だろうか。


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