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活地獄(いきじごく) (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
ボア・ゴベイ 作 黒岩涙香 翻訳 トシ 口語訳
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活地獄(一名大金の争ひ) 黒岩涙香 訳
第四十五回 秘密事務所の細身の男
袋の儘(まま)活埋(いきう)めにせられた国事探偵老白狐が未だ生存(いきながら)えて居るのみならず、実は鳥村槇四郎であるとは驚くべき限りである。だとすれバ老白狐の身代わりとなり、真実埋められたのは何者だろう。又此の老白狐鳥村槇四郎の計(たくら)みで捕縛せられた柳條健児は、何うなって行くのだろう。是等の條(くだり)は追々説き分けることとし、ここには先ず栗山角三の事を記そう。
角三は町川、鳥村等と同じく此の頃ペリゴーから返って来たが、彼れ未だ充分な結果を得て居ないので、棒田夫人に向かって確かな話をせず、唯曖昧に、
「イヤ追々事が運ぶから、無言(だま)って待って居るが好い。」
と答え、
又我が澤子には、
「近々柳條を連れて来て、婚礼させるから、それまで音無(おとな)しく待って居ろ。」
と告げるのみ。その顔色を伺うと彼安心して喜ぶ様子もない。だからと言って、酷く失望の様子も見えないので、きっと胸中には未だ様々の計略を蓄えて居るのに違いない。
ペリゴーから帰った翌日、角三は直ちに使いを出して、彼の下探偵小根里を呼び寄せたが、程なく小根里入って来ると、之を連れて一間に入り、四方の入口を堅く閉ざして
角三「俺の留守中に何か大切な事を探り出したか。」
と問う。
小「ハイ彼の怪しい男の身の上に付いて、種々の事柄を聞き出しました。」
角「フム怪しい男とは、先日郵便局で今井兼女の名を騙(かた)り、その手紙を取ろうとした奴のことか。」
小「ハイ」
角「実ハ俺も今まで彼の男と一緒に、ペリゴーへ旅行して居たのだ。」
小「エ、彼と一緒に。」
角「そうサ。」
小「道理で彼の男が、此の頃久しく姿を見せないと思いました。成る程貴方と同じくペリゴーへ行ったのですか。」
角「ペリゴーへ行って、色々俺の邪魔をしたが、そのお陰で俺も先ず彼の身の上を知り、彼が兼女の手紙を手に入れ様とした目的まで見破った。だから別にもうお前に聞く程の事は無いが、唯知り度いのは彼の住居だ。彼は一体全体何所に住んで居るのか。」
小「それはもう私が悉皆(しっかり)調べてあります。彼は警視総監直轄の国事探偵で、綽名を老白狐と云うのです。それで本当の家はユニドベド街に在りますが、その外に更に事務所の様にして居るのは、湖南街十三番地の小意気な家です。是は彼の秘密事務所で、余り知る人はありません。私がそれを何うして聞き出したかと云うと、同じく警視総監に使われ、彼れよりズッ下級に居る第三十三号の探偵に聞いたのです。」
角「誰に聞いてもそれは好いが、その外には。」
小「ハイその外に、彼の妾宅とも云うべき所があります。それはグランジ街十六番地で、添田夫人と云う小意気な年増の住んで居る所で、その年増が彼の色だとも妾だとも申します。何でも彼奴(きゃつ)暇な時には大抵その家へ入り込んで居る相です。」
是だけの報告を聞き、角三は暫(しば)し考えて居たが、口の中で、
「フム、グランジ街が妾宅で、湖南街が秘密の事務所か。」
と呟(つぶや)いた。
小根里は又も首を差し延べ、
「その事務所の事に就いて、奇妙な話があるのですよ。是は第三十三号が、直々私へ話した事だから、間違いはありません。先頃第三十三号は、警視総監から今夜老白狐を呼んで来て呉れと命ぜられ、本宅から妾宅にと探しても老白狐の姿が見えないので、到頭湖南街の事務所へ行ったと申します。彼奴、探偵は上手だけれど、非常な怠け者で、暇さえあれば遊び歩き、それが為め警視総監が急に呼び寄せようと思っても、居所が分からなくて用事の間に合わない事が度々あると云う事です。
扨(さ)て三十三号が湖南街へ尋ねて行くと、彼の事務室にボンヤリ灯が点いて居るから、彼かと思えば彼では無く、矢張り彼れの様にスラリとした姿だけれど、彼れより少し背が低く体が細かったっと云いますが、髪の毛が真っ黒い方で、旅行服を着た一人の男が人待ち顔に控えて居たと申します。」
角三は此の人相を聞いて、忽(たちま)ち非常な手掛かりを得た様に、今までの落ち着いた様子に引き替え、非常に急(せ)き込んだ色を現わし、
「フム旅行服を着けたスラリとした男、フム髪の毛が黒くてフムそれは一体何時頃の事だった。」
小「何でも巴里が囲まれて居る頃で、日曜の夜だったと云いますから、そうですね、七月二日でしょう。」
角「フム七月の二日の夜か。それから何うした。」
小「それが第三十三号は老白狐だろうと思ったけれど、そうでは無いので、扨(さ)て何者だろう。何うして此所に居るのだろうと、密かに次の間に入って様子を窺っていると、その男は待ち兼ねたと云う風で、老白狐の机の傍へ寄り、腰から二挺の拳銃を取り出して机の上に置いた相です。」
角「フム二挺の短銃を、それから」
小「ハイそれから何です、三十三号の思うには、何でも此の男、大金でも持って居るのか、二挺の短銃とは用心深いが、それを腰に付けて道中した為め、余ほど草臥(くたび)れたと見える。それで先ず短銃だけ下ろしたなと思って居ると、誰だか門の戸を徐々(そろそろ)と開ける様な音がします。
其所(そこ)は探偵だから耳が早い。扨(さ)ては老白狐が帰ったかなと、遥かに門の方を見ると、何うでしょう。老白狐ではなくて怪しい風体の男が、手に手に得物を持って四、五人入って来たのです。
オヤオヤ此奴(きゃつ)等強盗か、探偵の家へ入るとは可笑(おか)しい奴で、何うするか先ず見て居ようと三十三号は益々息を凝らして居ました。」
と言いながら、小根里は我が話の値打ちを探ろうとする様に、角三の顔を見上げた。
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