巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.6. 20

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第五十一回 ピンと来たお梅の居場所
 
 一を聞いて十を知る才知に捷(はしこ)い栗山角三が事なので、是だけ聞いて、早や既にお梅が老白狐と間違えられ、袋に入れられて門苫取(モンマルトル)の岡の底に、活埋めにせられた事を知ったけれど、もっと探り度い事があるので態(わざ)と打ち驚いた風を見せ、

 「ヘエ貴方と間違えて、外の人を活埋めにしたのですか。」
 鳥「そうですとも。」
 角「ジャア何ですネ、誰か貴方の身代わりに立ったのですネ。」
 鳥「そうだ。誰だか知らないが、私の身代わり立たされたのです。詰まり私の幸いで、その人の運が悪いのです。」

 是まで聞いて、角三は殆ど躍(おど)り上がろうとする程に喜んだ。お梅は誰にも見出されない深い穴の下に眠っているのだ。是を探る為に、今まで及ぶ丈け骨を折っていたが、その甲斐が無かったのに、今図らずも我敵の口から聞くのみか、敵は自ら話しながらもまだ事実を知らず、我に大事な秘密を奪われるとも気が附かずに、惜し気も無く打ち明ける可笑しさよ。

 是だけ聞けば用はない。早く話を切り上げて、此の所を立ち去ろうとは思ったが、待て暫(しば)し、敵も中々の才物だから、我れが突然と立ち去るのを見れば、必ず心に不審を起こし、彼れ是れと考えて、終にお梅の事を悟るに違いない。気永く話の尽きのるを待ち、何気なく去るのに優る者は無いと、又もその腰を落ち附けた。

 鳥村ハそうとも知らず、
 「全体此の秘密党は国王を廃すると云う恐ろしい目的ですから、捕らえた以上は必ず死刑です。柳條も既にその一員であって見れば死刑は到底免れません。」
 角「でも柳條が矢張りその時の活埋めに関係したと云う証拠が有りますか。」

 鳥「勿論ありますとも。今も云う通り党員の一人が自首して出たのです。その党員と云うのは、その夜私を捕らえる為、湖南街へ出張した四、五人の中の一人で、長谷川と云う者ですが、それが私と思い、今申す不幸な身代わりを袋に入れ、門苫取(モンマルトル)の岡の下に行った時、穴の入口に柳條ともう一人の者が見張り番をして居た相です。」
 角「見張り番だけの事なら、その罪は軽いでしょう。」
 鳥「ナニ見張り番をする位だから、必ず首領から信用を受けて居るには相違なく、党中でも随分良く働く者に相違ありません。

 ですから愈々(いよいよ)裁判となれば、柳條も必ず死刑です。角三は態(わざ)と失望の色を現わし、
 「アア柳條が死刑になるか。それでハ何うしても仕方がない。」
と云えば鳥村は益々勝ち誇る色を見せ、
 「だから貴方が断念(あきら)める様、引導の為に是だけの事を話して聞かせたのです。」

 角「イヤ実に引導になりました。併しその裁判は何時頃のお見込みです。」
 鳥「フム裁判の日取りを聞き、それまでに何か工夫を施す積りですか。」
 角「イヤそうではありませんが、唯余り恐ろしい事件ですから、愈々(いよいよ)裁判と云う時には、巴里中が大騒ぎになるだろうと思い、それで聞き申したのです。」

 鳥「何時頃とも分かりません。私の積りでは是から更に気永く目を附けて、彼等が再びその穴で集会を開くとき、その穴へ捕り手を向け一網で一同を捕らえる積りですから。」
 角三は、
 「そうすか。その時こそ貴方が探偵社会に雷名を轟かす日ですネ。」
と云ったのも、まだ彼れ痛く心に掛かる事あるからだ。それは外ならない。もしや鳥村がお梅の事を悟りはしないかとの一条である。

 今思えば、お梅が男姿で此の巴里へ来た事を、彼に言ったことさえ、実は恐るべき言い過ぎであった。それさえ知らせなければ彼が如何ほど智慧があっても、お梅が自分の身代わりに立った事を知る訳は無かったのに、我が誤って知らせてしまったからは、彼は多分悟ってしまうかも知れない。それを悟られては大変だ。悟ったか悟って居ないか、彼の心を探ろうと角三は大胆にも、

 「ですが貴方の身代わりに立った不幸な男は誰でしょう。貴方は全く心当たりが附きませんか。」
と問うた。此の問いこそ全く勝敗が分かれる所である。
 鳥がもし此の問いに不審を起こしたなら、容易(たやす)くお梅の事を悟るだろう。鳥村の返事は如何にと角三は胸に打つ波を抑えて伺った。

 鳥「貴方は何故その様な事を問いますか。」
 アア角三はぎょっとした。
 角「イイエ、ナニ考えて見ると、余りその男が可哀相だから。」
 鳥「実に可哀想は可哀想です。私の考えでは、何でも同僚の内だろうと思います。」
 角「ヘエ同僚の中で誰か、その晩居なくなった者がありますか。」

 鳥「そうですね、丁度政府の代わり目で、免職されるだろうと思って、辞職した者もあり、外国へ行った者もあり。一々調べは附きませんが、その中に必ず行方の知れない者が、一人はあるだろうと思います。その一人が即ち私の身代わりにされたのです。」

 是で見れば、鳥村は未だ全くお梅であるとは気附いて居ない。角三は初めて安心した。
 鳥村は又も言葉を継ぎ、
 「けれど愈々裁判の時になれば、証拠の為にその所を掘り返し、死骸を出して検めますから、誰であるか直ぐに分かります。」
 
 角三は之を聞き、可笑しくもあり又心配にもなり、その死骸を掘り出だせば、彼の遺言書も又出て来くるので、鳥村槇四郎は自ら叔父の遺産を柳條に渡すのと同じことになる。そうすれば彼は藪を突いて蛇を出す者である。

 そうなると此の事は鳥村のみの損失では無い。その場合には角三も又一文にもならない人となるのだ。依って角三は早くも心に問い、心に答えて、裁判の開かれる前に、自らその穴に忍び入り、お梅の死骸の懐中を探り、遺言書だけを取り出さなければならないと決心した。是で最早や用事はない。体よくここを切り上げようと角三は大げさに失望を作り、

 「イヤ百万法(フラン)を儲ける積りで来た所、相手が自分より腕の立ち優った人だから、大失策(しくじり)です。柳條がその通り死刑と極まって見れば、残念ながら貴方の引導に服して断念(あきら)める外はありません。」
と云う。

 鳥村は之を手管と知らないので、充分に勝った気になり、是も又気の毒そうな顔を作り、
「イヤ貴方の様な自分の兄弟子とも言うべき探偵家を、余り強く挫いたのはお気の毒です。負けて悄々(すごすご)と帰って行く貴方の心を察すれば、私も寝ざめが悪い。依って愈々(いよいよ)お梅の在り家が分かる日には、貴方に一万法(フラン)分けて上げましょう。

 一万法だから再び前の話に立ち帰り、お梅の居所を聞かして貰おうじゃありませんか。エ栗山さん。貴方も今まで骨を折った者を柳條が死刑になる為、一文にもならなくては馬鹿馬鹿しい。折角お梅の在家を探した甲斐もない訳。サア打ち解けてお話しなさい。一万法です。唯(た)った一言が一万法、満更悪くもないでしょう。」
 
 アア鳥村も才子である。充分角三を挫(くじ)いた末、百万法(フラン)のものを僅か一万法に値切り卸して、買い取ろうとする。今まで長々と多舌(しゃべ)りったが、その目的は全くここに在ったのに違いない。角三は心の中に冷笑(あざわら)ったが、その様な色を顔に見せず、真面目そうに頭を搔き、

 「イヤそう親切に慰められては、返って痛み入ります。実の所はお梅の在り家を突き留めた訳では無く、知った丈は既に今まで言って仕舞いました。もう一万法(フラン)が十万法(フラン)下さっても、申し上げる種が尽きたのです。」

 鳥村は怪しんで、
 「エ、種が尽きた。その様な事が有りますものか。何だか大層な秘密を御存知の様な言い出し振りでしたが。一万法(フラン)を倍にしても宜しいから、サア仰い。その代わりここで即金に払います。」
 角三は頭を搔き、
 「即金と仰られては義理にも申さなければなりませんが、全く種が尽きましたので」

 鳥「その様な事はない。サア仰い、都合に依っては前金で上げましょう。サア何うです。エ、貴方、急に忘れましたか。忘れたら思い出す様に、私が手伝って上げましょう。サ、お梅が男姿で此の巴里へ入り込んだ所まで聞きました。その後はエ、栗山さん。男姿で此の巴里へ来て直ぐに何うしました。」

 角三は、「男姿」の語を聞く度に冷々し、今は唯一言で我が秘密を悟らてしまうと思えるので、飛び退く様にに立ち上がり、
 「イヤもう私もお暇にしなければ。余(あんま)り長座を致しました。」
 鳥「そう言わずに。」
 角「イエ全く用事があります。」
 鳥「でも先ア」
 角「イエ急用を思い出しました。」
と無理に振り切り、逃げる様に立ち去った。

 立ち去りながらも心の中には、
 「サア是から直ぐにお梅の死骸を掘り出すぞ。急げ急げ、善は急げ。」
と呟(つぶや)いた。角三がこの様に立ち去った後に、鳥村は籠の鳥を逃がした様に、しばし呆れるばかりだったが、

 「ハテな、馬鹿老人め、何故急に立ち去ったのだろう。」
と言って椅子を離れて立ち上がり、部屋を右左に歩みながら、ハテな、彼奴め、転んでも唯は起きない癖に、アノ通り周章(あわて)て帰ったのは合点が行かない。何も握らずに帰る程なら、初めから此の家へ尋ねては来ない筈だ。

 ハテな何故アノ様に、何故初めの勢いに打って変わり何故、―ーーハテな、して見ると俺の口から、何か大切な事を聞き出したのかも知らん。待てよ。お梅はが男姿で此の巴里へ来たと云ったぞ。巴里へ来てから何所へ行ったかと云いながら、又部屋の中を一周(回)りしたが、忽ち思い附く所あり。

 非常に悔しそうに拳を握り詰め、分かった分かった。俺の身代わりに立ったのがお梅だったワエ。そうだ。そうだ。俺は柳條の名を騙(かた)り、
 「湖南街十三番地に尋ねて来い。」
と手紙を遣ったのに、尋ねて来ないので不審に思い、扨(さ)ては贋手紙と悟ったかと思案を変えて、ペリゴーまで尋ねて行ったが、そのお梅が俺の身代わりとは知らなかった。

 そうだ。アノ角三め、お梅が湖南街へ入ったという事まで探り知り、そ後を知らないから聞きに来たのだ。それとは知らず浮か浮かと、エ、もう彼れに何も彼も知られて仕舞った。彼奴は必ずお梅の死骸を掘り出すに違いない。好し好し俺もその気だ。ナニ彼奴に手柄をさせる者か」
と又椅子の上に身を下ろし、更に工夫を考え初めた。


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