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探偵小説 無惨 小説館版
黒岩涙香 作 トシ 口語訳
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探偵小説 無惨 涙香小史 作
0篇ー凡例(はんれい)
此の一篇文には、艶も無く、味も無し。趣向には波も無く風も無し。小説は美術なりとやら云はるる方々は、一目見て、唾(つば)して捨てらる可し。自ら小説と云うには嗚呼(おこ)がまし。小説には非ず。記事なり。記事も事実を寫(写)した記事にはあらで、心に浮かぶ想像を書き表したるまでの記事なり。唯、「小説叢」は未だ名を為さざる初陣の文をも捨てずと聞きたれば、其れを力に、強いて掲載を乞いたるのみ。
余は或る小説家に添削を依頼したれど、其の人苦笑いして、個は小説家の添削する可き者に非ず。宜しく論理学者にでも校正を頼む可しとて、突き返されたり。爾(そう)すれば小説家の目には小説とは見へぬ者と見えたり。去ればとて、之を論理家に見するも論理書とは見てくれまじ。論理書と言はば云へ、小説と思はば思へ。唯だ見る人の評に任ずるのみ。余は論理も知らず、小説も知らざる男。其の手になりし此の篇にして、小説家には論理書と見へ、論理家には小説と思はるる望外の幸いなり。
文章に就いても別に断りを置く程の箇条なし。唯余が今の力を與へられたる時間にて、能(あた)ふだけ骨を折りたるなり。今の力とは何ほどなるや。與へられたる時間とは、何ほどなりしや。本文一読せば、両者ともに甚だ乏しかりしを知り得べけん。
挿絵は加へず、別に六ケしき思曰く(おもわく)ありてにあらず。初めは加ふる積もりなりしも、書き終りて見れば、存外絵を入れるほどの花々しき所なきが為なり。此の上に唯一言、我ながらサテ冗長なるに驚きたり。
明治二十二年八月下旬
東京に於いて
涙香少史 記
注;凡例(はんれい)・・・書物の初めの方で、編集目的や方針、使い方などについて箇条書きにしてまとめてある部分。
注;小説叢・・・・小説館の定期刊行物。
注;『小説叢』の第一冊として、1889年(明治22年)9月に右田寅彦の『平家姫小松』とともに黒岩涙香の「無惨」が掲載され、翌1890年(明治23年)2月、上田屋より単行本として刊行された。1893年(明治26年)には、「無惨」は『三筋の髪』と改題されて再刊されている。(Wikipedia)より
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