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探偵小説 無惨   小説館版

黒岩涙香 作 トシ 口語訳

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    探偵小説 無惨     涙香小史 作

        上篇(疑団)ー1 痛ましい殺人

 世に無惨な話は、数々あれど、本年七月五日の朝、築地字海軍原の傍らなる川中に,投込んであっった死骸ほど、無惨な有様は稀である。書くのさえも、身の毛が逆立(よだ)つ。翌六日、府下の各新聞紙は、皆、下の様に記した。

 ◎無惨な死骸
  昨朝六時頃、築地三丁目の川中で発見した、年の頃三十四、五歳と見受けられる男の死骸は、何者の所為(しわざ)だろう。総身に数多の創傷(切傷)、数多の擦剥(すりむき)、数多の打傷がある。背(せな)などは、乱暴に殴打した者と見え、一面に膨(はれ)揚(あが)り、其の間には傷があって、傷口は開き、中から血に染(そま)った肉が見えるのさえあるが、頭部(あたま)には一ケ所、太い錐(きり)で突いたかと思われる、深さ二寸余(6cmくらい)の穴がある。

 その上、鎚(つち)の類(たぐい)で、強く殴打した様子が見え、頭は二つに割け、脳骨砕けて、脳味噌が散乱した有様は、実に目も当てられない程である。医師の診断に由れば、孰(いづ)れも、午前二、三時頃に受けた傷であると。同人の着物は、紺茶縦縞の単物(ひとえもの)で、職業も更に見込みは附かない。且つ所持品等は一点も無い。

 その筋の鑑定に拠れば、殺害した者が、露見を防ぐ為に、殊更奪い隠した者に違いない。故に何処(どこ)の者が、何の為に、この様に浅ましい死を遂げたのか、又殺害した者は、何処の者か、更に知る方法が無いので、目下厳重に探偵中である。(以上ハ、某新聞の記事を其の儘(まま)に転載した者である。)
 
 猶(な)お、此の無惨な人殺しに附いて、其の筋の調べたる所を聞くと、死骸は川中から上げたけれど、流れて来た者では無い。別に溺(おぼ)れて漂て居たと認める箇条は無く、わざわざ水の来ない岸の根に、捨てて有った。

 猶お周辺(あたり)に血の痕(あと)の無いのを見れば、外(ほか)で殺した者を、舁(かつ)いで来て、投げ込んだ者に違いない。又此の所から、一町(109m)ばかり離れた、或る家の塀に、血の附いた痕があるが、之も殺した所にでは無い。多分、血に塗(まみ)れた死骸を舁(かつ)いで来る途中、事情があって、少しの間、その塀に立て掛けた者に違いない。

 殺したのは何者か、殺されたのは何者か。少しも手掛かりが無いとは云え、七月の炎天、腐り易い盛りと云い、取り分けて、我が国には、仏国巴里府、ルー、モルグに在る様な、死骸陳列所の施設も無いので、何時までも其の儘に、捨てて置く可きでは無い。最寄り区役所は、取り敢えず、溺死漂着人と見做(みな)して、仮に埋葬し、新聞紙へ、下の様に発表した。

 溺死人、男、年齢三十歳から四十歳の間、当二十二年七月五日、区内築地三丁目十五番地先、川中へ漂着、仮埋葬済み。

 ◎人相 〇顔面長い方 〇口細い方 眉黒い方 目耳正常 左の頬に黒痣(くろあざ)一つあり 頭散髪、身の丈五尺三寸(160.6cm)位、中肉
 ◎傷所数知れず、その内大傷は眉間に一ケ所、背(せな)に、截割(たちわり)した様な切傷二ケ所、且つ肩から腰の辺りへ掛け、総体に打ちのめされた様に、膨(は)れ上って居る。左の手に三ケ所、首に一ケ所、頭の真ん中に大傷、其処此処に擦傷(かすりきず)等数多あり。咽(のど)に攫(つか)み潰(つぶ)した様な傷。

 ◎衣類 大名縞単物(ひとえもの)、二タ子唐桟(ふたことうざん)羽織、但し紐付き、紺博多帯び、肉シャツ、下帯、白足袋、駒下駄。
 ◎持ち物は何もない。
 ◎心当たりの者は、申し出ること。
     明治二十二年七月六日      最寄区役所
      (上、某新聞より転載)

注;疑団・・・疑いのかたまり。心にしこりとなって解けない疑い。



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