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探偵小説 無惨   小説館版

黒岩涙香 作 トシ 口語訳

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       探偵小説 無惨     涙香小史 作

       中篇(忖度)ー5 犯人は白髪

 併し、ナニ考えれば、譯も無い事です。その説明は先ず論理学の帰納法に従って、仮定説から先に言わなければ分かりません。此の闘いは、支那人の家の高い二階ですぜ。一方が逃げる所を、背後(うしろ)から二刀(ふたがたな)、三刀(みがたな)追打ちに浴(あび)びせ掛けたが、静かに座って居るのと違い、何分にも旨(うま)く切れない。

 それだから背中に縦の傷が、幾個(いくつ)も有る。一方は逃げ、一方は追う内に、梯子段(はしごだん)の所まで追い詰めた。こうなると死物狂い。窮鼠(きゅうそ)却(かえ)って猫を食(は)むの譬えで、振り向いて頭の髪を取ろうとした。所が悲しい事には、支那人の頭は、前の方を剃って居るから、旨く届かない。

 僅かに指先で四、五本握(つかん)だが、その中に早や、支那人の長い爪で、咽笛をグッと握(つか)まれ、且つ眉間(みけん)を一ツ切り砕かれ、ウンと云って仰向けに脊(うしろ)へ倒れる。機(はず)みに四、五本の毛は指に掛った儘(まま)で抜け、スラスラと尻尾の様な紐が障る。

 その途端、入れ毛だけは根が無いから、訳も無く抜けて手に掛る。倒れた下は、梯子段ゆえ、ドシンドシンと頭から脊(せな)から、腰の辺りを強く叩きながら、頭が先に成って轉(ころ)げ落ちる。落ちた下に、丁度丸い物が有ったから、その上へズシンと頭を突く。身体の重さと落ちて来る勢いで、メリメリと凹込(めりこ)む上から、血眼で降りて来て、抱き起こすまでには、幾等かの時間が有る。

 その中に血が尽きて、膨上(はれあが)るだけの勢いが消えたのです。背中から腰へ掛け、紫色に叩かれた痕や擦り剥(む)いた傷の有るのは、梯子段の所為(せい)。頭の凹込(めりこ)みは、丸い物の仕業。決して殺した支那人が自分の手で、こう無惨な事をしたのでは有りません。何うです。是でも未だ分かりませんか。

 (荻)フム、仲々感心だ。当たる当たらんは扨て於いて、初心の貴公が、こう詳しく意見を立てるのは兎に角感心する。けれどその丸い者と云うのは何だ。
 (大)色々と考えましたが、外の品では有りません。童子(こども)の旋(まわ)す独楽(こま)で有ります。独楽だから鉄の心棒が斜めに上へ向かって居ました。その証拠は錐(きり)を叩き込んだ様な、深い穴が凹込(めりこ)んだ真ん中に有ります。

 (荻)併し頭がその心棒の穴から砕ける筈だのに。
 (大)イヤ、彼(あ)の頭は、独楽の為に砕けたのでは無く、その実、下まで落ち着かぬ前に、梯子の段で砕けたのです。独楽は唯アノ凹込(めりこ)みを拵(こしら)えただけの事です。

 (荻)フム成る程、そうかなア。
 (大)全くその通りです。既に独楽が有ったとして見れば、此の支那人には、七、八歳以上十二、三以下の児が有ります。

 (荻)成る程、そうだ。
 (大)此の証拠は是だけで先ず、留めて置きまして、再び髪の毛の事へ帰ります。私しは初め、天然の縮れ毛で無い事を知った時、更に念の為、湯気で伸ばして見ようと思い、此の一本を鉄瓶の口へ当て、出る湯気にかざしました。すると意外千万な発見をしたのです。實は犯人の名前まで分かったと云うのも、全くその発見をしたからなのです。

 実は犯人の名前まで分かったと云うのも、全くその発見さへ無けりゃ、何うして貴方、名前まで分かりますものか。
 荻澤も今は熱心に聞く事と為り、少し迫込(せきこ)んで、
 「何、何う云う発見だ。」

 (大)斯(こう)です。鉄瓶の口へ当てると、此の毛から黒い汁がが出ました。ハテなと思い、よくよく見ると何うでしょう。貴方、此の毛は、実は白髪ですぜ。白髪を此の様に染めたのです。染めてから、一週間も経つと見え、その間に五厘ばかり延びて、コレ、根(もと)の方は延びた丈、又白髪に成って居ます。

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