巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

muzan20

探偵小説 無惨   小説館版

黒岩涙香 作 トシ 口語訳

since 2025.6. 9

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください 。

文字サイズ:

a:49 t:1 y:0

       探偵小説 無惨     涙香小史 作

       下篇(氷解)ー3 隠れていた陳施寧

 直ちに施寧の家に入り、母と少しばかり話しをした後、例の様に金起と共に二階に上り、一眠りして、妾は二時頃、一度目を覚ました。見ると金起も目を覚まし居て、
 「お紺、今夜は何と無く気味の悪い気がする。俺はもう帰る。」
と云いながら、早や寝衣(ねまき)を脱いで、衣物(きもの)に更(あらた)め、羽織など着て、枕頭(まくらもと)に居直るので、妾は不審に思い、

 「何がその様に気味が悪いのです。帰ると言っても、今時分何処(どこ)へ帰ります。」
 (金)何処でも好い。此の家には寝て居られない。
 (妾)何故(なぜ)です。
 (金)先程から目を醒まして居るのに、賊でも入って居るのか、押し入れの中で、変な音がする。ドレ其方(そっち)の床の間に在る、その煙草入れと紙入れを取って寄越せ。

 (妾)なに貴方、賊など入りますものか。念の為に見て上げましょう。」
と云いながら、妾は起きて、後ろにある押し入れの戸を開けたところ、これは如何した事か、中には、一人り眠ている人があった。妾は驚いて、
 「アレー」
と云いながら、その戸を閉め切ると、眠って居た人は、此の音に目を覚ましたのか、戸を跳ね開いて暴れ出た。

 良く見れば、是、金起の兄である陳施寧であった。今から考え、振り返って見ると、施寧はその子寧児から、此の頃、妾が金起と共にその留守を見て、泊まりに来ることを聞き出し、半ばは疑い、半ばは信じ、今宵はその実否を試そうとして、二日泊まりで横浜へ行くと云って、家を出た体に見せ掛け、明るい中から、此の押し入れに隠れて居たが、十時頃まで、妾と金起が来なかったので、待ち草臥(くたび)れて、眠むってしまったのだ。

 取りわけ、西洋戸前のある押し入れの中に、堅く閉じ籠って居た事なので、その戸を開く迄、物音が充分聞こえなかったので、目を覚まさずに居た者である。それは扨(さ)て置き、妾は施寧が躍り出るのを見て、転(ころ)がる様に、二階を降りたが、金起は流石に男だけに、徒(いたずら)に逃げても、後で証拠と為る様な懐中物などを遺(のこ)しては、何んの甲斐も無しと思ったのか、床の間の方に飛んで行こうとすると、そのうち早や後ろから、脊(せな)の辺りを切り附けられた。

 妾はここまでは、チラと見たけれど、その後の事は知らない。唯この様に発覚したのは、母が手引きをした疑いがあるので、後で妾からも、もっと酷(ひど)い目に逢うに違いないと、驚き騒いで止まらなかったので、妾は直ちにその手を取り、裏口から、一散に逃げ出した。

 夜更けではあったが、麻布の果てまでは行けないと思い、一緒に奉公した女が、安宿の女房と為って居るのを知っていたので、通り合わせた車に乗って、その許に頼って行きながら、譯は少しも明かさずに、一泊を乞うたが、夜が明けて後も、此の辺りへは、人殺しの評(うわさ)も聞こえて来なかったので、妾は唯金起が殺されたのか、如何したかと、その身の上を気遣うばかりだった。

 しかしながら、別に方法もなかったので、何とかして、この後の身の振り方を決めようと、思案しながら、又も一夜を泊まったが、今日午後一時過ぎに、谷間田探偵が入って来て、種々の事を問われた。

 固(もと)より我が身には、罪と云う程の罪ありとは思わないので、在りの儘(まま)を、打ち明けたところ、この様に、母と共に引き立てられた次第です。

 完

注;戸前・・・土蔵の扉は火災時に内部の宝物を護る防火戸のようなもので、木製の建具の外側に設けられることから「戸前(とまえ)」と呼ばれる。 二重扉。

a:49 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花