巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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探偵小説 無惨   小説館版

黒岩涙香 作 トシ 口語訳

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       探偵小説 無惨     涙香小史 作

          上篇(疑団)ー3 探偵助手 大鞆

 大鞆(おおとも)は、心中に「己(おのれ)れ見ていろ。」と云う様な笑みを隠して、故(わざ)と頭を掻き、
 「それはそうだが、書物で読むのと実際とは、少し違うからナア。小説などに在る曲者は、足痕(あしあと)が残って居るとか、兇器を忘れて置くとか、必ず三つ、四つは手掛かりを遺して有るが、今回の事件ばかりはそうでは無い。

 最初から、殺された奴の名前からして、世間に知って居る人が無い。それだから貴方、何所(どこ)から手を附けるかと云う、取附(とっつ)きだけは知らせて呉(く)れなければ、僕だって困るじゃ無いですか。」

 (谷)その取附きと云うのが銘々の腹に有る事で、君の好く云う機密とやらだ。互いに深く隠して、サアと成る迄は、仮令(たと)え長官にも、知らさない程だけれど、君は先ず私が周旋して(世話をして)、此の署へも入れて遣った者では有るし、特に是が軍(いくさ)で云えば、初陣の事だから、人に云われない機密を、分けて遣る。其処(そこ)の入り口を閉めて来たまえ。

 (大)それャ実に有難い。畢生(ひっせい)の鴻恩(こうおん)だ。」
 谷間田は卓子(テーブル)の上の団扇(うちわ)を取り、徐々(しずしず)と煽(あお)ぎながら、少し声を低くして、

 「君、先ず此の人殺しを何と思う。欲徳尽くの追剥(おいはぎ)と思うか、それとも又。
 (大)そうですね、持ち物の一ッも無い所を見れば、追剥(おいはぎ)かとも思われるし、死様の無惨な所を見れば、何かの遺恨だろうかとも思うし、兎に角、仏国の探偵秘伝に、分かり難き犯罪の底には、必ず女ありと云ッて有るから、女に関係した事柄かとも思うが。

 (谷)サ、そう先(さき)ッ潜(くぐ)りをするから困る。静かに聞きなさいな。持ち物の無いのは、誰が見ても曲者が、手掛かりを無くする為に隠した事だから、追剥の証拠には成らないが、第一、傷に目を留めたまえ。傷は脊(せな)に、刀で切ったかと思えば、頭には、鎚(つち)で砕いた傷も有る。既に脳天などは、鎚だけ丸く肉が凹込(めりこ)んで居る。そうかと思えば又、所々には、抓投(かなくつ)た様な痕も有る。

 (大)成るほどー。
 (谷)未だ不思議なのは、頭にへばり附いて居る血を洗い落として見た所、頭の凹頭(めりこ)んで砕けた所に、太い錐(きり)でも叩き込んだ様な穴も有るゼ。君は気が附かないだろうけれど。

 (大)ナニ、気が附いて居るよ。二寸も深く突き込んだ様に。
 (谷)それなら君は、アレを何で附けた傷と思う。
 (大)それは未だ思考(かんがえ)中です。
 (谷)ソレ分からないだろう。分からないならば、黙って聞く事だ。私はアレを、此の頃流行(はや)っている、アノ太い鉄の頭挿(かんざし)を、突込んだ者と鑑定するが何うだ。」
 大鞆は思わずも、笑おうとして、辛(やっ)と食留(くいと)め、
 「女がですか。」

 (谷)頭挿(かんざし)だから何うせ女サ。女が自分で仕なくても、曲者が、傍に落ちて居るとか、何うとかした、女の頭挿(かんざし)を取って、突いたのだ。孰(いず)れにしても、殺す傍(かたわら)には、女びれが居たのは。之で分かる。

 (大)でも頭挿し(かんざし)の脚(あし)は二ツだから、穴が二ツ開く筈(はず)でしょう。
 (谷)馬鹿を云いなさんな。二寸も突込うと云うには、非常な力を入れて、握るから、二ツの脚が一ツに成るのサ。

 (大)一ツに成っても、穴は横に扁(ひら)たく開く筈だ。アノ穴は少しも扁(ひら)たく無い。満丸ですよ。シテ見れば、頭挿し(かんざし)では無い外の者です。」

 谷間田は又茶かす様に笑って、
 「そう気が附くのは中々感心。是だけは実の所ろ、一寸と君の智慧を試して見たのだ。」

注; 畢生(ひっせい)の鴻恩(こうおん)・・・・一生の大恩
注;抓投(かなくつ)・・・・意味不明 

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