巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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探偵小説 無惨   小説館版

黒岩涙香 作 トシ 口語訳

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       探偵小説 無惨     涙香小史 作

       上篇(疑団)ー5 遺留品

 大鞆は暫し黙考(かんが)えて、
 「成る程、旨(うま)く考えたよ、けれど是は未だ帰納法で云う「ハイポセシス」だ。仮定説だ、事実とは言われないよ。之から未だ、「ヴェリフィケーション」(証拠試験)を仕て見ん事にゃ。」
 (谷)サ、それが生意気だと云うのだ。自分で分からぬ癖に、人の言う事に難癖を付けたがる。

 (大)けれど貴方、貴方が根拠とするのは、唯様々の傷が有ると云うだけの事で、傷からして大勢と云う事を考え、大勢からして博奕場と云う事を、考えた丈じゃ無いですか、詰まり証拠と云うのは、様々の傷だけだ。外に何も無い。第一この開明世界に、果たしてその様な博奕場が有る筈も無し。

 (谷)イヤ有るから云うのだ。築地へ行って見ろ。支那人《中国人》が七八(チー)も遣るし博奕宿もするし、宿と言ってもナニ、支那人の身分では遣らない。皆日本の博奕に宿を貸して、自分は知らぬ顔で、場銭(ばせん)《寺銭、テラセン》を取るのだ。場銭を。だからもう、スッカリ日本の賽転(さいころ)で狐だの長半などを遣って居るワ。

 (大)けど博奕打ちにしては、衣服(みなり)が変だよ。博多の帯びに羽織などは。
 (谷)ナアニ支那人の博奕宿へ入り込む連中には、黒い高帽を冠(かぶ)った人も有るし、様々だ。それに又、アノ死骸を詳しく見ると、手の皮、足の皮などの柔らかな所は、荒仕事をした事の有る人間でも無いし。かと云って生真面目な町人でも無い。何うしても博奕など打つ様な怠(なま)け者だ。」

 大鞆は真実感心したのか、或いは浮き立たせて、更にその奥を聞こうとの、企(たくら)みなのか、急に打ち解けた言葉の調子と為り、
 「イヤ、何うも感心しました。何うにも手掛かりの無いのを、是まで見破ぶるとは。成る程築地には、支那人が、日本の法権の及ばないのを奇貨(きか)として、その様な失敬な事を仕て居るのかナア。実に卓眼には恐れ入りました。」

 谷間田は笑壷(えつぼ)に入り、
 「フム、恐れ入ったか、そう折れて出れば、未だ聞かせて遣る事が有る。実はナ。」
と云いながら、又も声を低くし、
 「現場に立ち会った予審判事を初め、刑事に至るまで、丸っきり手掛かりが無い様に思って居るけれど、未だ目が利かないと云う者だ。俺は一ツ、非常な証拠者を見出して、人知れず取って置いた。」

 (大)エ、何か証拠品が落ちて居たのですか。それは実に驚いたナ。
 (谷)ナニこの様に、抜け目なく立ち廻らなければ駄目だよ。それも君達の目で見ては、何の証拠にも成らないが、苦労人の活きた目で見れば、それが非常な証拠に成る。
 (大)エ、その品は何ですか。見せてください。エ、貴方、賽轉(さいころ)の類(たぐい)ででも有りますか。

 (谷)馬鹿を言うな。賽轉などなら誰が見ても証拠品と思うワな。俺の見付たのは、未だズット小さい者だ。細い者だ。
 大鞆は益々詰め寄り、
 「エ、何です、何れ程細い者ですか。」

 (谷)聞かせる事では無いけれど、君だから打ち明けるが、実は髪の毛だ。それも唯一本、アノ握った手に附いて居たから、誰も知らない先に、俺がコッソリ取って置いた。

注;奇貨・・・意外な利益を得る見込みの有る品物、またその機会。
注;卓眼・・・すぐれた眼力

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