巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou29

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2020.5.10

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       第二十九回 探検の出発点スアキンへ

 與助を捜し求めるのも無駄だと云う。領事の言葉を平洲文学士も茂林画学士も非常に怪しみ、中でも茂林は間髪入れずその仔細を問うと、領事は昨夜平洲、茂林等が寝た後で芽蘭夫人の請いに由り、最も信任する人数名を雇い、砂漠に添った要所要所へ遣(つか)わして、聞き合わせると、その者等は今朝早く帰って来て、孰(いず)れの土地にも、砂漠から與助と思われる旅人が、逃げて来た者は無いと復命した。

 特に昨日の疾風はジッダから北の方で、所々に起こった為め、ジッダへ向かった人だけは助かったが、その北に向かった人は、孰(いず)れも砂の中に埋められたのに違いないと云うが、土地の人の鑑定では、與助の足跡は確かにジッダから北に向かって居たとの事なので、多分彼も砂漠の底に沈んだのに違いない。

 そうだすれば如何ほど探しても、その死骸の在る場所さえ知る方法は無いだろうとは、即ち領事の考える所である。
 一同の心にも此の鑑定に相違の有る筈は無いと思われた。それで一同は深く悲しんで、更に数日の間此の領事館に留まり、毎日人を遣わしたり、或いは自ら行きなどして、海岸から砂漠の境に在る出口出口を聞き合わせたが、何の消息も無く、與助は全く死んで沙葬(さそう)せられたのに相違無い。

 茂林は與助の様な軽佻(かるはず)みな男を、この遠征に連れて来た我が非を悔い、是れが為めに一行の進みを滞らせては気が済まないので、捨て置いて出発しようと云い張り、平洲は之を慰めて、否與助を連れて来たのは一同の評議と承諾とを経た者だから、その責任は一同に在り、君が悩むべき事では無いと云い、夫人は又沙漠の何処で與助が死んだのか、大凡(おおよ)そ其の場所の鑑定が附く迄は出発することは出来ないと云い、何時この所を立てるか知り難い有様とは成ったが、ここに一同を驚かした一大事が起こった。

と云うのは平洲等が、ベドイン人を襲い、その頭を擒にして非常な功を奏したとの噂が、何時しか土地の政庁に達し、政庁では我が領内を無断で蹂躙(じゅうりん)《踏み附けて滅茶滅茶にすること》せられたとの怒りを発した事どもである。

 総て土耳古(トルコ)政府を初め、その下(もと)に在る政庁は、領内に向かって少しも政治の行き届かないのに似ず、若し一私人が、政府が為すことの出来ない程の事を行うと、之を嫉(ねた)んでその人を恨むことは並大抵ではなく、最初若し平洲から政庁に向かい、我が一行の者が蛮族に捕らわれたので、政庁で早速救い出してくれる事を請うと願い出たならば、政庁は、

 「その様な事は政庁の知る所では無い。」
と劫(しりぞ)けるか、或いは又萬が一聞き届けたとしても、決して救い出す事は出来ない。

 二年も三年も捨て置いて果ては全く忘れ尽くす事は必定で、その代わり一同に何の罪も無いけれど、唯だこのように政庁に願い出ずに、私に手柄を立てた為、無法な政庁の怒りに触れる事になったのだ。政庁から既に領事館へ向かい、宛(あたか)も罪人を捜す様に、一同が居るか否やを問合わせに来たので、領事も大いに驚き、一同に向かい、最早や此の土地に長居すべきではない。

 長居すれば如何ほど道理を述べても、道理の分からない政庁なので、たとえ一同を牢に投げ込むことはしないまでも、必ず人民を煽起(そその)かして、一方ならぬ寇(あだ)を為させる事は必定なので、至急に出発せられるように。

 其の代わり船にさえ乗り込めば、政庁は最早や手の及ばない者として思い切るのが常なので、少しも恐れる所は無いと、懇々と説いたが、素より一同もこの辺の政庁が、しばしば不法極まる処置を行うことを知っているので、今は仕方が無いと云い、與助の死んだ場所を知る事が出来ないまま、出発する事とはなった。

 出発するのに臨み、夫人は領事に、第一は與助の死所を充分に調査する事、第二はその分かり次第に、一行の行く先と本国政府とへ知らせること。第三は若し死体まで分ったならば改葬して碑を建てること。此の三箇条を堅く頼み、相当の費用をまで残して置いて、スアキン行きの船に乗ったが、後で聞くと、若し一日を猶予したならば全く一同は、政庁の手に捕縛せられるところであったと云う。

 ここからスアキンに行くのは、ここから紅海の最も広い所を横切るのだ。スアキンは一同がアフリカの蛮地に入り込む第一の関門なので、真の遠征は是から始まるものと云って好い。



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