巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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       第四十七回 助かった寺森医師

 平洲、茂林両人は落ち散っている歌牌(かるた)《トランプ》を見て、運ばれて行く彼の虜(とりこ)が、或いは寺森医師では無いかと気遣い、直ぐにその方を指して近づくと、はっきりは分からなかったが、衣服の有様が益々寺森の様なので、
 「コレ待て。」
と呼び留めると、虜(とりこ)を運ぶ者共は、益々足を早めるばかりだった。

 しかしながら此の河原の辺には、奴隷の密売などを取り締まる、警察官の様な者が、政庁の命を受けて時々巡回しているので、茂林は若しその官吏が居合わす事が有れば、必ず来て彼等を捕らえるに違いないと思い、直ちに短銃を取り出したが、彼等へ向かって放っては、寺森と思われる彼の虜(とりこ)を害する恐れがあり、わざと横の方へ向かって三、四発続けて放つと、思うことが図に当たり、忽(たちま)ち彼等が行く方向の川の水際から、パッと灯光の射るのを見ると、是はなんと奴隷取り締まりの船であった。

 その船から、
 「誰だ。誰だ。」
と叫びつつ五、六人の刑吏が走り出て来たので、先の者どもは腹背に敵を受けた有様で、進みも退(ひ)きも出来ず。虜(とりこ)をそこに投げ捨てて、右に左に逃げ惑う間に、その中の三人は吏員の手に捕らえられ、一人は平洲と茂林とに捕らえられた。

 捕らえてその顔を見れば、先に馬兵田(ハビョウダ)の大沙漠で戦った、奴隷商人の一人なので、平洲、茂林は忽(たちま)ち此の者等が、復讐の為に寺森医師を捕らえたのに相違無い事を悟り、吏員にその旨を言い立てて、投げ捨てられた虜(とりこ)の許へ行って見ると、虜(とりこ)は果たして寺森医師であった。

 寺森は厳しく手足を縛られた上に、猿轡(さるぐつわ)をまで食まされて居たので、早速解き放って仔細を問うと、今宵女芝居のような見世物の小屋に入り、出て去る所を此の者等に捕らえられ、石に縛って淵に沈めるとの相談を聞き、最早や命は無い者と残念ながら覚悟して居たという事を話した。

 吏員等はそれで此の三人に同道を乞い、直ちに此の者どもを引き立てて、警備の詰め所に行き取り調べたところ、此の者共は、常日頃法禁を犯して奴隷の捕獲に従事し、政庁から目を付けられて居た悪漢達と分かり、そのまま留め置かれて、幾日の後、夫々の刑罰を受けたと云う。

 この翌日は三人は芽蘭夫人の許に行き、既に芽蘭男爵がまだ死んで居ない事が分かったからは、一日も早く之を救うことに勉めなければ成らないと云い、至急に出発する相談を行った。

 彼の男爵から夫人への手紙を頼まれて来た、老兵名澤と云う者の言葉に由れば、名澤が男爵に逢ったのはモンパト地方のアザセリパと云う土地で、男爵がその地から南へ南へと行ったのは確かなので、一同は先ずそのモンパト地方を指して行き、その辺で聞き合わせ、先から先きへ尋ねて行くべきだ。

 男爵が遙青山に向かって進む目的であった事は手紙の表に明かなので、若し途中で男爵の通った跡が全く消え、捜す事が出来なくなったとしても、一同は進み進んで遙青山に行かなければならない。
 文明国の探険家が、遥かに望み見た丈で、曾(かつ)て踏んだ事も無いその山を越えて、南の方残日坡(ザンジバル)に出るべきだ。

 茂林も平洲も後々の見込みが、益々面白いのに勇み立っていると、独り老兵名澤は、容易ならない顔色で、遙青山はモンパト地方の原住民ですらも、唯だ晴天の日にその青い色を望み、山に違いないと想像して、そこは地の尽きる果に違いないと言い伝え、今でも神の住む所と信じる程なので、死ぬ覚悟が無くては、近づくべきではない。

 今まで探険家が近づくことが出来なかったのも、全く剽悍(ひょうかん)《荒々しくて強いこと》な蛮族が住み、他国の人をその土地に踏み込ませない為であると云い、その参考にと云って更に名澤が知って居る丈の有様を話すのを聞くと、
 第一はモンパト地方の手前からして、既に人喰人種の領域で、
 「ニヤムニヤム」
と称する種族などは、猿の様な尾が有ると言い伝えられている。

 今では尾は無いことが分かったが、その性質は殆ど人よりは獣に近く、戦争で敵を虜(とりこ)にすれば、その肉を炙(あぶ)って争い食い、人が死ねばその墓を掘り出して盗み食う事さえ多く、たまたま他国の人が入って来るのを見れば、第一に他国人の肉は如何なる味だろうなどと、涎(よだれ)を流して語り合い、打ち殺す隙(すき)ばかりを附け狙う程だ。

 それより先へ進むに連れ、人を殺すなどの風は益々甚だしく、地獄に歩み入る覚悟でなければ、到底行くべきでは無いと云う。
 しかしながら一行は、危険が多ければ多いだけ、益々男爵を救うべき必要が急なのを思い、怯(ひる)む気色は少しも無く、更にその先には如何なる国が有るかなどと問うのを、名澤はその先は知らないが、昔からの言い伝えで、女人国などと云う異様な国すらあり、その国は遙青山に近く、黒人中で又と無い程の美人ばかりが住んで居るので、多分は彼の遙青山に住む、神々の化身に違いない。
 
 これを一般に「天女」と崇めているが、果たしてその様な国が有るかどうかは知らないと云う。
 並び聞く一同の中で、寺森医師だけは、昨夜の危険に懲りたのか、人食い人種の噂を非常に恐れる様子であったが、天女の噂を聞いて忽(たとま)ちに恐ろしさを忘れ、

 「黒人の中に美しい天女が居れば、それは黒天女とでも称すべき者だ。僕は諸君の知る通り、先頃から黒人婦人の皮膚を大いに研究して居るけれど、何分思う様に材料が手に入らない為失望して居る。昨夜女芝居に入ったのも、一つはその目的から出た程なので、黒天女の住む女人国へは是非行き度い。黒天女の皮膚を充分に試験すれば、必ず皮膚病の上に一大発明をしてお目に掛ける。」
と云い、熱心に進む心を現わした。

 素より進むに決まって居る旅なので、別に管々しく記す程の異存も無く、直ちに用意に取り掛かり、その準備が調い次第、一刻も遅疑せずにこの所を出発すると云う事に一決した。



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