巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou61

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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       第六十一回 原住民をかどわかした與助

 女子を盗んで来たとは実に不埒(ふらち)の極度である。此の後若しこの様な振る舞いが有っては、到る所で蛮民の恨みを買い、如何なる禍いを招くかも予測出来ないので、ここで充分に與助を懲らしめ、他の見せしめと為すことが何よりも必要である。茂林が鞭(むち)を取って大声に與助を呼び立てたのは無理もない。

 しかしながら平洲文学士は少し意見を異にしていた。與助を懲らしめるのは勿論だが、鞭を以て彼を叩くのは良く無い。白人一同は、兵士人足等から、宛(あたか)も神の様に敬(うや)まわれており、鞭打ちなどと云う見苦しい懲罰は加えるべきではない。白人は鞭打ちなどの刑は受けるはずが無い者の様に見做されて居るのに、今白人の一人である與助を、蛮民の様に扱い、蛮民を懲らしめる為の肉体の刑をば直ちに彼れに加えては、却って白人一般の威厳を損じ、此の後の万事に影響する恐れがある。

 特に與助は亜羅比(アラビア)から馬兵田(バビョウダ)の沙漠まで、一同に離れて旅行して来たことは極めて大擔(胆)な行動の様に見えるが、実は至って心の弱い男で、彼の旅について言えば、奴隷商人に雇い入れられ、止むを得ず連れて来られた者で、一同と巡り逢った時なども、馬の上で仮病をつかって居た程なので、今鞭打たれて、若しや大声で泣き叫ぶなどの事が有っては、愈々以て白人の面汚しとなり、一同の名誉にかかわる。

 従って此の先人足等を使う難易にも関する事に成ると、平洲は言葉忙(せわ)しく茂林を諫め、與助には別に懲戒を加えるべきだと説いたが、怒りに眼が眩んだ茂林の事なので、勿々(なかなか)に聞き入れず、更に鞭を振り廻して與助を呼び立て、如何とも止める手段が無かった。

 平洲はフト思い出した所があった。一方に立つ寺森医師に目配せすると、寺森はそれと悟り、進んで来て茂林を抑え、
 「サア茂林君召喚だ。召喚だ。昨日は君が勝ったから、今日は召喚の権利は僕に在る。」

 茂林は目を丸くし、
 「其の様な冗談を云う時では無い。」
 寺森は真面目極まる顔色にて、
 「では契約書の第八条を読んで聞かそう。」

 此の一語には抵抗の力も無く、
悔しそうに呟きながら引き下がったので、平洲は可笑しさを耐(こら)えて其の後を見送りながら、更に與助を呼び寄せて詰問すると、彼れ初めは種々に言い抜けようと試みたが、終に隠す事が出来ず、

 「実は此の先の種族中に象牙と女とを取り替える者が有ると聞いたので、象牙を買い入れる資本として、女を盗んだ。」
と白状した。
 平洲は直ちにどんな罰にするかを考え出し、然らばそなたは、今から向こふ五日の間徒歩で旅行し、今まで乗って居た馬をば謝罪の為、蛮族に渡しなさいと言い渡すと、馬無くては此の先の旅行が、甚だ辛いので、それ許りはと詫びを入れて、只管(ひたすら)逃れようと勉めるので、然らば馬の代わりにそなたを蛮族に引き渡し、彼等の思う存分に処分させようと云う。

 是には與助も縮込(ちじこ)み、力なくなく馬を蛮族に與(あた)えると、彼等は女を取り返した上に、この様な賜物(たまもの)を得る嬉しさに、一切の恨みを忘れ、雀躍(こおどり)して立ち去った。

 是からは何事も無く進み、此の夜は人家の無い所に天幕(テント)を張って露宿したが、翌日は、「オロージ」族の棲む所から一哩(マイル)《1.8Km》ほどの横手を通ったが、照る日の暑い事は云いようも無く、馬も人も熱病人の様に非常に熱い息を吐(つ)き、汗を拭きながら進んで行った。

 馬に離れた與助は非常に疲れて、仕切りに「オロージ」の村に立ち寄り一泊しようと請う。平洲と茂林は之れを叱り附けて、又も二哩(マイル)《3.6Km》ほど進み、「オロージ」村を少し後に見る所に着くと、但(と)ある路傍(みちばた)の立樹に、赤裸体(あかはだか)ならぬ黒裸体(くろはだか)の黒人一人、身動きも出来ないほど堅く縛り附けられ、頭に草の葉を載せ、半死半生の有様で立って居た。

 芽蘭(ゲラン)夫人は憐れみの心から、通訳有利を呼んで、此の黒人は何の為この様に縛られて、炎天に晒されて居るのだと問うと、此の辺り一般の蛮族等が雨を祈る為、籤引で同族中の一人を捕らえ、之を天に供(そな)えると称し、この様に野外に縛って置き、天日で焼き殺し、それでも雨が降らなければ又一人を晒し、愈々(いよいよ)雨が降るまでは、幾人でも焼き殺すのを常とすると答えた。

 然らば彼の頭に草の葉が載せてあるのは何の為だと問うと、頭を真昼の日に照らされては、目暈(めくら)んで即死する恐れがある。そう成っては毎日一人づつ人身御供に取去られる事になるので、成るべく其の死が遅い様に、草を以て頭だけを蔽(おお)い、食事時には糧を持って来て喰わせて居るのだと云う。

 然らば即死を防ぎ、天日で徐々(しずしず)と嬲(なぶ)り殺しにする様な者では無いかと問うと、「そうだ」と答えた。それにしても蛮民が雨が降る事を祈るのは何の為だと問う。誠に無惨極まる風俗と云うべきで、唯だ涼しさを欲する為に、同胞を嬲り殺しに殺すなどとは、捨て置き難く許し難い事だと言い、それにこの様に殺しても雨が降る保証も無いので、夫人は直ちに、
 「彼者の縄を切断しなさい。彼れを救って此の一行に加えて遣ろう。」
と言い出した。



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