巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou92

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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       第九十二回 目指すは遙青山

 真に遙青山(ようせいざん)の麓に美人の国あるや否や、真に芽蘭(ゲラン)男爵は其の国に入り込んだのか。真逆(まさか)にその様な黒き天女の住む国が、有るとも思われないけれど、ボンゴー地方から此の邊まで、数百里《五、六百Km》の間に昔から其の噂が伝わっているところを見れば、全くの無根では無いに違いない。

 女を以って兵と為し、其の国を護ると云えば、是れ即ち女護の国である。其の有無は孰(いず)れとしても、男爵が既に遙青山を目指して進んだとすれば、一同の行くべき所も遙青山に在る。行きさえすれば女護の国(一名、黒天女国、又の名、美人国)の有る無しも自ずから明らかになるに違いない。

 それで一同、此の鐵荊(てつばら)の支配地には逗留せず、唯一夜留まった丈で、直ちに出発するに決し、行き方の事を聞き合すと、此の支配地の次には小人の国があり、其の国の次が彼の男爵に随行した、勇士二十人の逃げ返った土門陀(ドモンダ)の地方だと云う。

 抑(そもそ)もアフリカに小人の国ありとは、昔歴史家ヘロドトスが記してから、文明国にまで鳴り響いている事柄で、一般の学者は唯だヘロドトスの想像に過ぎないとして罵(ののし)っているが、此の土地に来て親しくその国がありと聞いては、無下に打ち消す事も無いので、何にしろ女護洲(にょごしま)などとと云う昔々譚(むかしばなし)の外には無い、異様な国々に出逢う物かなト、一同の心は却って勇み、男爵に従がって行ったと云う勇者の中、数名を案内者に雇い入れて出発した。

 鐵荊の都から先は何の道も無く人跡も無い。唯だ広い野原の所々に、大小の河が幾筋と無く流れて有るのみ。是等は孰(いず)れも廻り廻って、末にはナイルの河に合流せる物に違いない。野原とは云え雑木雑草、人の背より高く茂った所が多く、馬上から望んでも、此の先如何なる所に行くのかを望み見る事は出来ない。

 一行中の茂林の従者與助は、この様に行く先の見えない地は、向こうに何者が潜んでいるかも知り難く、毒蛇などの出て来る恐れも有るので、是から引き返す事にしようなどと、下僕の分際を忘れて言い出し、先に象狩りの時、蟻の塔を踏み無数の蟻に攻められた苦しい経験などを語り出し、一歩も前に進もうとしない。

 茂林は憤(いきどお)って此のまま捨てて行こうと云うのを、寺森医師が之を諫(いさ)め、次に與助に向かい、
 寺「汝はアフリカで象牙を拾って帰り、大いに金儲けしようとの目的で来たのに、象牙よりもっと莫大な金目の者が、此の先に落ち散っているのに、それを進んで手拾い取る心は無いのか。

 聞いては居無いのか、此の先に住む小人の話を。小人は即ち一寸法師だから、其の数十人を捕え、衣嚢(かくし)《ポケット》の中へ詰め込んで帰国すれば、此の上無い見世物になり、金儲けは思うままに成るだろうに。」
と説くと、漸く此の言葉に励まされて、

 「本当に其の様な国が有りましょうか。」
と念を推して又進み初めたけれど、是から僅か数哩(マイル)《5,6Km》を行っては與助ばかりで無く、他の一同も最早や全く進むことが出来ないと絶望する程とはなった。

 ここまででさえも深かかった雑草は、急に一層深くなり、且つ草と草との間に少しの隙間も無いほど繁く茂って、踏み分けるにも方法が無く、其の上に草の間には此の邊に特有な弓弦の様な葛(くず)が生え、草と共に成長して右に左に搦(から)まった様は、人を通さない様に故々(わざわざ)縫い作った者の様だった。茂林は、

 「仕方が無い、火を以って此の草を焼き払い、其の跡(あと)を行くしか無い。」
と云って、既に燐寸(マッチ)を取出だすと、平洲は暫(しば)しと推し留めて、深く考え廻(めぐ)らした末、
 「了(い)けないよ。風が向こうから吹いて居るから、ここで火を放てば後ろの方へ燃えて行き、鐵荊(てつばら)の都へまで延焼する丈の事だ。兎に角我々が道で無い所へ踏み迷い入ったから、後へ引き返すだけだ。」

 「併し今は確かな案内者が無いので、此の後と云えども、遙青山下へ行く迄にはこの様な所は度々有ると覚悟しなければならない。」
 「そうだけれど、我に多少の工夫が有る。今まで通った所に河が幾筋も流れて居る所が有った。彼所(あそこ)まで引き返し、其の中の一番大きな河に沿い、其の傍(そば)を遡(さかのぼ)るより外は無い。河は大抵山から流れ出て居る者だから、必ず遙青山まで達するに違い無い。」

 「併しアノ河は寧ろ東から西へ流れて居た。夫れだから吾々は河を横に渡ったのだ。南から流れて来るのは無かったよ。」
 「イヤ東から来て居ても、それは地の高低に随って一時の理屈だ。本当の源は南に在るだろう。」
と云い、更に様々に弁ずるので、茂林もその意に従い、一行を後に返し、漸(ようや)く河の有る所に出たが、案内者の名義で随行している勇士の一人、頓黒(とんぐろ)と云う者、汀(みぎわ)の水を倩々(つくづく)見て、

 「是れは鐵荊(てつばら)の領地に入る最も大きな河で、名を牙洗(キバライ)と呼ぶ。」
と云う。魔雲坐王も旧知の友にでも逢った様に喜んで、其の水を掬(すく)って呑み、
 「全く牙洗川に相違無い、此の川の遥か上には、我が国と先祖の時代に同盟した国も有ると聞き伝える。」
と云う。

 平洲は更に彼の頓黒に向かい、
 「小人国も多分は此の河の上に在るに違いない。どう思う。」
と問うと、頓黒は暫し考えて、
 「此の河は多分小人国の東の端を通っているに違いない。」
と云う。

 何にしても、此の河を遡(さかのぼ)る外無いので、常に水音の聞こえる所を道に取り、月の明らかなのに乗じて進むと、翌日の朝は早くも、ここが小人国の東の境であると云う所まで着いた。



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